『127時間』85点(100点満点中)
127HOURS 2011年6月18日(土)より、TOHOシネマズ シャンテ、シネクイント他 全国ロードショー 2010年/アメリカ、イギリス合作/カラー/94分/配給:20世紀フォックス×ギャガ(宣伝)共同配給
監督:ダニー・ボイル 原作:アーロン・ラルストン『奇跡の6日間』(小学館刊) 脚本:ダニー・ボイル、サイモン・ボーフォイ 出演:ジェームズ・フランコ アンバー・タンブリン ケイト・マーラ

≪前に進む勇気が湧いてくる≫

『127時間』は、アカデミー賞を受賞した「スラムドッグ$ミリオネア」に続くダニー・ボイル監督期待の最新作。それも監督自らが企画書を書き発案者となって作り上げた、渾身の作品である。

アウトドア大好きな若者アーロン(ジェームズ・フランコ)は、今日もロッククライミングを楽しむため大自然の峡谷へと向かう。途中で出会った観光客の女の子に、誰も知らない穴場をガイドしてやるなど余裕を見せていた彼だが、やがて一人になって岩を登る途中、落石事故に巻き込まれる。幸い身体は無事だったものの、右手が巨岩に挟まれ身動きが取れなくなってしまう。

私の知るうちにもトライアスロン好きの女の子がいて、休日のたびどこかの島にいって走ったり泳いだりしているとメールが来る。どうせならビキニ姿の写メでも添付してくりゃいいのに気が利かないが、それはともかくこういうタイプとこの映画の主人公は正反対である。

というのも、アーロンは個人能力が高すぎて、なんでも一人でできてしまう。装備も最小限だし、一人で奥地へずかずかと分け入ってゆく。行き先を他人に告げたり、現在地を誰かにメールで報告することもない。

それが、このアクシデントにおいて致命傷となってしまう。つまり、彼がこんなところにいるなどということは、「地上の誰一人として知らない」。いくら待っても長澤まさみも小栗旬も来てくれない。外部に連絡を取る手段も、(一見したところ)無い。

さてこの極限状況でアーロンはどうするか。まさにガチンコのワンシチュエーションスリラー、エキサイティングなサバイバル&脱出ドラマである。

登場人物は一人。主人公が一歩も動かないアクション映画。これほど変化に乏しい素材を、ダイナミックな娯楽作品にしたいのというのだから、プロデューサーが当初映画化に反対したのも当然だ。なにしろ原作の映画化権利を持っていた人物も、当初はドキュメンタリーにする予定だったのだから(つまり本作は実話の映画化である)。

そもそもこのストーリーは、「予想外」が起こりにくい性質のもの。おそらく100パーセント、誰もが予想した通りにしかならない、ならざるをえないシナリオといえる。

これは何を意味するか?

結論から言うが、ようするに脚本上の小細工が一切できないということだ。これは映画の作り手にとっては、まさに右手の自由を奪われたに等しい巨大なハンディ。だからこそ、この物語の劇映画化は困難であると、プロなら誰もが判断する。

始まる前から結末が予想できる話を監督しろと言われて、あなたなら引き受けるだろうか? ダニー・ボイルはそれをなんと、自分からやりたいと申し出た。この時点で尋常ではない。原作に感動したあまり、ボイルさんはまともな判断ができないダメ人間になってしまったのだろうか。

もちろんそうでないことは本作を見れば一目瞭然。ダニー・ボイル監督はこの難映画化を軽々とこなしてみせた。「俺ならうまくやれる」と、アーロンさんよろしくよほどの自信があったに違いない。オスカーの威光などまったく通じぬこの私でさえその圧倒的な技量には、感服のあまり声も出ないほどであった。

脚本に「意外性」を持たせられぬ以上、編集や演技力、音楽等で見せ方に工夫するほかはない。100%監督の技量勝負である。その点、豊かな工夫の数々、細かい伏線の張り方(冒頭、アーロンが棚の上のある物をまさぐるショットからして心憎い)などこの監督にはそつがない。

なにより見事なのは、この映画から受ける前向きで肯定的なイメージの構築である。失うことを喪失感なく描いただけでも大したものなのに、それを見るものすべてにフィードバックさせる共感の持たせ方も的確である。

考えてみれば人生とは、大なり小なりこの主人公が体験した出来事の積み重ねだ。

引き出しの中身を捨てれば、それだけ新しいものが入れられる。何かを諦めたり、無くすということは、一面から見ればマイナスだが、決してそうではない。無くした代わりに何かを得、捨てた代わりに何かを拾う。それが人生の本質だ。だから逆境に陥っても、不幸を体験してもそこで留まってはならぬ。前に進むことで、その辛い出来事の真の意味が理解できるときが必ず来るのだ。

この映画が発するそうしたメッセージは、計算しつくされたプロットによって圧倒的な説得力を持っている。日本は今こんな時代だから、すべてを失った人も少なくはあるまい。あるいは、何かを失うことを恐れるあまり、長らく停滞している人も多いだろう。

そういう人に私は『127時間』を強くすすめる。比類のない演出技巧を味わえる映画作品だし、エンタテイメントとしても超一流。世界中の映画監督が嫉妬すること間違いない。それほどの傑作である。



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