『アリス・クリードの失踪』85点(100点満点中)
The Disappearance of Alice Creed 2011年6月11日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷にて全国順次公開 2009年/イギリス/カラー/101分/PG-12 配給:ロングライド
監督・脚本:ジェイ・ブレイクソン 出演:ジェマ・アータートン マーティン・コムストン エディ・マーサン
≪とっておきの脚本≫
「ディセント2」(2009)の脚本で知られるJ・ブレイクソンは34歳の若き才能だが、ずっと一つのアイデアを温めていた。彼はそれを他の監督に譲らず、絶対に自分の初監督作品として使うのだとこだわり続けた。それがこの『アリス・クリードの失踪』。ガンコな若手脚本家の夢は叶い、彼は無事、本作で映画監督デビューを果たした。
二人の男が無言でなにかの準備を始めている。人気のない小屋の窓をふさぎ、てきぱきと着替える。やがて彼らはそこに若い女を連れてきていったん服を脱がし、持ち物が何もない事を確認して準備した服を着せ、ベッドに括り付ける。彼らは誘拐犯で、若い女アリス(ジェマ・アータートン)は資産家の娘だった。鮮やかな手口を見せた二人の男、ダニー(マーティン・コムストン)とヴィック(エディ・マーサン)は、続いて身代金の要求に取り掛かる。しかし完璧なその計画は、3人の誰一人として予想もしない方向へと転がってゆく。
登場人物はたったの3人。ほとんどの舞台は監禁部屋。無セリフでひたすら誘拐実行のディテールを描く数分間無セリフのオープニング。のっけから緊張感は100点満点、ただものではない映画が始まったと観客の期待を高めてゆく。
監督のドヤ顔がうかがえる、この冒頭の演出力は本当にすごい。ある種のクローズドサークルものとして、被害者と加害者のわずかなやりとりの中でやがて生まれるだまし合い。拘束されながらも脱出を試みるアリスの、えらくたくましい姿にも驚愕である。真っ白美乳に鼻の下を伸ばしていると、ガツンとしてやられるので要注意だ。それは私だけか。
誘拐映画のひながたをのっけから裏切る展開にほれぼれしていると、やがて上映から30分経過。その瞬間、衝撃の急展開が襲い掛かる。
ここから先は何も書かない書けないネタバレの嵐。興味がある方は映画館で体験を。サスペンスやミステリ映画好きならば絶対に後悔はしない。
ミステリマニアならば、この大胆なタイトルを見ただけでこの映画の作り手が同類である事がわかると思う。フェアな伏線、あとからじっくり考えてもまったく矛盾のないロジカルなストーリーなど、そうしたジャンルの醍醐味を存分に味わえる良質な作品である。
野心ある若き脚本家が初メガホンのためにとっておいただけのことはある。よほどアイデアに自信があったのだろう。J・ブレイクソン監督は本作の成功で、次回作はハリウッドの大作からオファーが来たという。いまごろはドヤ顔にさらに磨きがかかっているに違いない。
終盤の男の行動の一部にややご都合主義的な面がみられるのが、この手のストリクトなミステリとしてはマイナスだが、全体的にはかなりのハイレベル。大人の知的遊戯として、十二分に入場料分の楽しみを与えてくれるだろう。