『パラダイス・キス』70点(100点満点中)
Paradise Kiss 2011年6月4日、丸の内ルーブル他全国ロードショー 2011年/日本/カラー/116分/
配給:ワーナー・ブラザース映画
原作:矢沢あい 監督:新城毅彦 脚本:坂東賢治 出演:北川景子 向井理 山本裕典
≪後半失速≫
銀座にH&Mがオープンしたとき、しばらくは中央通りに入店待ちの長い行列が出来ていた。ラーメン屋じゃあるまいし、服屋に入店行列とはビックリだが、一方で私はユニクロの驚異的なレジ処理を思い出していた。ユニクロならば、この客数をさばけていたかもしれないと夢想していたわけだ。
あれは業界的には画期的なシステムで、世界中のアパレル関係者に影響を与えたと聞く。「匠」(ベテラン技術者集団)と呼ばれる同社の素材、縫製の徹底した開発・管理体制も、それまで名ばかりで低品質な服を作ってきた世界中の有名ブランドを駆逐するに十分なインパクトであった。まるで日本車のように無個性すぎて、いかに高品質でも私は着たいとは思わないが、ユニクロの革命性については高く評価している。
また、パリコレなど伝統あるプレタポルテコレクションで、古くから多数のメゾンが活躍していることからもわかるとおり、日本のアパレル・ファッション業界はアジアでは突出している。日本人デザイナーの服がハリウッド映画に登場することも稀ではなく、プレステージの高さでも欧米にひけはとらない。
ところが不思議なことに、日本にはファッション映画がない。
これはつまり、商売にならないということだ。つまり日本で服好きというのはごく一部のファッションオタク層にすぎず、一般人の関心は薄いということ。
最近の若者などは一見みなオシャレにみえるが、服装のTPOや歴史にまったく興味を持っておらず、しょせんは流行ってる服をマネしているにすぎない。ファッションの教養については欧米人とは比較にならず、残念ながら服飾文化としては浸透していないということだろう。
そんな日本にさっそうと登場した「パラダイス・キス」は、だからこそ相当リスキーな企画である。おそらくこれを企画し製作した人たちは、上記のような市場状況を理解したうえで、それでも日本にファッション映画を根付かせようとの意欲のもとに本作を作っている(作品を見た今ではなおのこと確信できる)。そんなわけで、人気漫画家矢沢あいの原作があるとはいえ、これは性根の入った企画である。それは高く評価されるべきポイントであり、私としても敬意を払っている。
進学率の高い高校に通う優等生、早坂紫(北川景子)はあるとき服飾専門学校の永瀬嵐(賀来賢人)から、学園祭のファッションショーのモデルをやってくれと頼まれる。受験を控え、そんな遊びに付き合ってられないと断る紫だが、ジョージ(向井理)と呼ばれる天才的なデザイナーや個性的なメンバーにはどこか惹かれるのだった。
マジメながり勉女子高生が、対照的な専門学校生の姿を見て影響を受け、成長してゆく青春ドラマ。
いい学校に入り、いい大学に入る。まっとうな道を突き進んできた主人公が、そんな自分の視野がいかに狭いものだったかに気づく様子が、この映画ではじつにリアルに描かれている。
受験競争のことばかり考えていた自分よりも、専門学校生のほうがはるかに将来をしっかり見据え、地に足の着いた努力をしていた。それを知った彼女の、彼らに対する感情の移り変わり。それはまず焦りから始まり、やがて共感へと変わる。その流れは自然で、大いに共感できる。
モデル依頼に激しく反発することからわかるとおり、当初は専門学校生たちを小ばかにしていたところがあったであろうこのプライド高き優等生は、そんな自分のほうが子供じみていたことに徐々に気づく。いや、頭のいい彼女は最初から気づいていたのかもしれないが、それを認めたくはなかったわけだ。没個性で地味な紺の制服を指さして、これに誇りを持っていると激しく主張する姿は、まさに追い詰められた人間の最後の抵抗のようだ。
ただ、これほど的確な演出力が、後半は完全に失速。無理やり後日談を詰め込んでしまったのは大失敗。これでは上映時間も足りず、前半のように順を追った説得力ある描写は完全に失われてしまった。あれは学園祭のショーで終わらせておいたほうが、はるかに良くなっただろう。
主演の北川景子は、決して悪くはないがコメディーが似合わない欠点があり、やや不満が残る。
それ以外に目立つマイナス点はなく、つくづく惜しい、その一語に尽きる。
YUIの書き下ろし新曲「HELLO 〜Paradise Kiss〜」が大音量で流れるオープニングは素晴らしい出来栄えで、作り手の並々ならぬ意欲を感じられる。ユニクロのような没個性ではなく、日本らしさたっぷりの日本製ファッション映画の傑作となる可能性があったが後一歩およばず。本当にもったいない作品である。