『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』25点(100点満点中)
Harpoon: Reykjavik Whale Watching Massacre 2011年6月4日より銀座シネパトス、新宿K's cinemaほか全国ロードショー 2009年/アイスランド/カラー/90分/配給:アップリンク
監督:ジュリアス・ケンプ 脚本・原案:シオン・シガードソン 出演:ガンナー・ハンセン ピーラ・ヴィターラ 裕木奈江 テレンス・アンダーソン ミランダ・ヘネシー
≪捕鯨国ニッポンのためにあるようなホラー映画≫
今回の東日本大震災や2月に起きたニュージーランド地震の直前には、沿岸に大量の鯨やイルカが打ち上げられる奇妙な出来事が起きている。野生動物が大地震の前にこうした異常行動をとる例は、これまで何度も報告されてきた。
そしてこのたび、イギリス沿岸部に鯨100頭が座礁した直後、隣のアイスランドのレイキャビク近くで火山が噴火。偶然というには恐ろしすぎる符合に欧州のネチズンたちが大騒ぎしている。
しかし私的には、鯨とレイキャビクを重要キーワードとして持つホラー映画『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』の公開直前にそんな事件が起きたことのほうが驚きである。これはもう間違いなく、地震兵器HAARPを使ったアメリカのシークレットガバメントとシーシェパードの陰謀に間違いない。
……と、オカルト系ファン層の新規開拓を狙った文章をでっちあげたところでストーリー紹介に入る。
ホエールウォッチングで知られるレイキャビクに、今日も6組の観光客がやってきた。ところが不慮の事態でクルーを失った船は、裕福な日本人夫婦とその同行者(裕木奈江)ら客だけを残して漂流するはめに。彼らは通りがかりの船に助けを求めるが、運の悪いことにその船はホエールウォッチングの流行で仕事を失った一家が経営する捕鯨船であった。
アイスランドはかつて捕鯨大国だったが、国際世論の反発で鯨観光に鞍替えし、昔ながらの捕鯨漁民は肩身が狭くなる一方。この映画はそんな社会情勢を強烈に皮肉った内容である。漂流する観光客と洋上で出会うのは、なんと頭のネジがすっ飛んだ凶悪暴力捕鯨一家。救助ロープの代わりに観光客めがけて捕鯨のモリを打ち込むという、常軌を逸した殺戮が繰り広げられる。
シーシェパードの過激行動を冷ややかに見つめる欧米人はたくさんおり、だからエコテロリストを冷笑するような作品は時折見かける。しかし『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』は、捕鯨者を殺人鬼として描くあたりが新鮮だ。日本人がキャスティングされている点も、含みがあって面白い。
考えてみればホエールウォッチングと捕鯨は根本的な対立構造にある。だから両者が殺しあうホラー映画とは、じつに無理のない企画である。ロメロのゾンビ映画の例を挙げるまでもなく、社会問題とホラージャンルは相性がいい。アイスランド(人口30万人)映画界が手掛ける同国史上初のホラー映画としては、まさに正義といえるだろう。
殺戮捕鯨一家以上に過激な反撃をする観光客の姿は、本作が両者をおちょくるブラックジョークであることを物語る。
そんなわけで当初この企画は製作費200億円を目指していたが、ポール・ワトソンから巨額の投資が行われることもなく、結局3億円ちょっとのお金をかけて完成した。200億は言ってみただけ、などと突っ込むのは無粋である。
先述したようにアイルランドは人口30万人であるから、映画界の裾野も狭い。本作も目の付け所はいいが、脚本面などあまりの実力のなさに思わず笑いが出る。荒れ球で結果的にそこそこの成績を残した渡辺久信投手(現西武ライオンズ監督)のように、天然系の唐突な展開がむしろ笑いを生むのに成功している。本来ならば、もっとブラック風味を濃くして、アイロニカルな内容にすればさらに良くなるのだが、この素人っぽさは捨てがたい。
登場人物では裕木奈江が光る。平凡ないち市民のはずだが、なぜかてきぱきと火炎瓶を制作して殺人鬼と正面戦を行うなど、いったいどういう人物設定になっているのかさっぱりわからず笑いを誘う。監督は「硫黄島からの手紙」(2006)などで彼女を見つけたというが、きっと連合赤軍事件の主犯格を演じた「光の雨」(01年)あたりも見ているに違いない。
ほかにも日本人役の日系ブラジル人俳優が、たどたどしい日本語でなんの脈絡もなく韓国人差別発言を行うなど、予期せぬ危険ジョークが散見できるあたりは見どころである。この前半の路線を突っ走ったら、相当なカルト傑作となれただろう。
登場人物にまっとうなキャラクターが存在しない点が特徴的だが、それを作品のテーマに絡ませることが、いまいち出来ていないのも残念。とくにグダグダな後半のスプラッターホラーは、相当改善の余地がある。
とはいえ、珍作好きには外せない一本。チープでへんてこで、見てもなんの教養も得られない映画。そこがいい、という方は勇気をもって映画館へ。