『プリンセス トヨトミ』70点(100点満点中)
2011年5月28日より公開 全国東宝系 2011年/日本/カラー/1時間59分/配給:東宝
原作:万城目学 監督:鈴木雅之 出演:堤真一 綾瀬はるか 岡田将生 沢木ルカ 森永悠希 中井貴一

≪コメディーながら描くテーマは意外性に富む≫

豊臣秀吉の子孫がひそかに大阪に生き残っていた──『プリンセス トヨトミ』について私は、そこから始まる歴史フィクションのようなドラマかと当初想像していた。万城目学の原作は未読だったし、タイトルから勝手にそんな予想を立てていた。

だが本作は、その予想を大きく裏切る内容だった。

東京の会計検査院から、鬼の松平の異名をとる松平元(堤真一)率いる3人の精鋭調査員が大阪にやってきた。直感型の鳥居忠子(綾瀬はるか)と優等生型の旭ゲンズブール(岡田将生)は、松平の元次々と成果を上げてゆく。次に彼らは財団法人OJO(大阪城趾整備機構)を訪れたが、一見何の問題点もないこの古びたビルに、しかし松平は異様なまでの違和感を感じるのだった。

『プリンセス トヨトミ』は驚くべきことに、タイトルにある豊臣のプリンセスは物語やテーマの主軸では全くない。確かに豊臣家の生き残りが現代まで続きうんぬんの世界設定はあるし、その突飛かつ大スケールには驚かされる。……のだが、それはあくまで遊び心のようなものだ。

この大ぼら話、能天気コメディーはしかし、こんなバカげたストーリーでなんと国体維持の肝を語る離れ業を成し遂げている。私はなによりその点に驚愕した。

なにしろそれは全世界の指導者、リーダーたちの永遠の悩みの種であり、もしうまい手があるなら教えてほしいと誰もが思っていたことだからだ。それほどの難題に、こんなにシンプルで説得力のある回答を、半分バカ映画になりかけた作品の中で出してしまう。

これがどんなに大変なことか、おそらく作っている人たちも、何気なく見る観客たちもわかっていないだろう。数千年間も当たり前のように国体維持に成功してきたこの国では、その価値を理解している現代人はほとんどいない。まったくもって日本という国は末恐ろしい。

終盤に明かされる大阪最大の謎、地下通路の謎。それが観客に提示されるとき、数百年間の継続、歴史と呼ばれる雄大な大河の正体が、つまるところミクロなレベルの信頼と愛であることがわかる。その瞬間、衝撃とともに大きな感動が押し寄せる仕組みだ。とくに跡継ぎ(などと現代は言わないだろうが)息子を持つ父親がこれを見たら、強い衝撃を受けるかもしれない。少なくとも自らの生きる意味の、ヒントくらいは与えてくれるだろう。

ミステリとしても心憎い伏線が仕掛けてあり、とくに大阪名物の○○○たちを利用したミスリードなどは見事なものだ。微妙な違和感を感じさせながらも、堤真一と岡田将生のおかしな表情のやりとりに思わず騙されてしまう。

彼らと綾瀬はるかの天然キャラもベストマッチングで、3人の凸凹なやりとりは微笑ましく、気持ちの良い笑いを提供してくれる。原作とは一部性別が変わっているが、映画版だけ見る分にはこれでいいと思わせる。ただしある人物の役名に原作者が込めたであろうある思いは、性別が変わったことで薄れてしまった。戦国時代の歴史に詳しい人なら、見終わった後におそらくぴんとくるはずだ。

なお題名にしておきながら「プリンセス」が実は結構どうでもいい扱いであることは、本作のテーマと無関係ではない。結論からいってしまうと、この映画は先ほど書いたとおり歴史継続の秘訣をさりげなく提示するとともに、「象徴」の重要性をも描いている。これは私たち日本人が発明し、その優秀性・有効性を証明した社会秩序維持システムのことと言ってもいい。

本作で人々が守るもの、それ自体にじつは大した価値はない。プリンセスにせよ地下通路にせよ、それは象徴にすぎない。それを旗印に、人々が大切に思ってきたものこそが本当に価値あるものだと、この作品は教えてくれる。そして安定の世とは、その「見えないが何より大切なもの」がにかわのように世代を超え人々を結びつけることで実現するのだと、そういうことを言っている。

『プリンセス トヨトミ』は、日本人に日本の正体、その強さを教えてくれるすぐれた作品である。しかもそのフォーマットは、間抜けなおバカコメディーのそれ。そのギャップは他に類を見ず、じつに新鮮である。



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