『岳 -ガク-』75点(100点満点中)
2011年5月7日公開 全国東宝系 2011年/日本/カラー/126分/配給:東宝
原作:石塚真一 監督:片山修 脚本:吉田智子 出演:小栗旬 長澤まさみ 佐々木蔵之介 石田卓也

≪食事前に見たい、本格山岳映画≫

原発の汚染水も東電のボーナスもまったく減る気配がない今日この頃、お前らの使う電気だけは減らせとの理不尽な要求に、我々小市民は平伏するほかない状況である。

とくに今の時期は梅雨をひかえて蒸し暑い日もあったりして、思わずエアコンのスイッチに手が伸びる。だが、せめて見て涼しくなれる映画があったなら、多少なりとも節電に貢献できるのではないだろうか。

そんな数時間の避暑効果を生み出してくれそうなのが『岳 -ガク-』。東宝が送る、このGWの目玉的エンタテイメント大作である。

北アルプスの険しい自然の中に、一風変わった若者が住んでいる。その男、島崎三歩(小栗旬)は世界の名峰を制してきた山のプロで、今では長野県警・山岳遭難救助隊に協力する山岳ボランティアとして名をはせていた。先ごろ救助隊に赴任してきた新人、椎名久美(長澤まさみ)はそんな三歩に当初反発するが、誰よりも山を愛し、登山者を暖かく見つめる揺るぎないその態度に、やがて共感してゆく。

底抜けに明るくてタフで、常に前向きな山の男。こういう奴は、山好き仲間に必ず一人くらいはいる。いったいどこにそんなスタミナがあるんだと思わせる、腹の中に原子炉でも積んでるようなタイプである。

かくいう私もかつてサークル仲間と大勢で富士山に登った帰り、もうふもとまで来たかという時に女の子の誰かが頂上に忘れ物をしたと騒ぎ出したのを見て、迷わず「(代わりに)ちと取ってくる」と走って登り、また駆け下りてきた人物を知っている。聞くと2週間前にもここにきて、下見がてら3往復だかしたらしい。前日大酒を飲んで徹夜で初の富士山登頂に挑み、頂上で冷温停止していた私としては、仰天してそれを眺めていたものだ。

主人公、島崎三歩にはそういう親しみやすさとともに、山のヒーローとしてのカリスマ性も感じる。雪焼けした小栗旬のさわやかなキャラクターが大いに寄与しているわけだが、無謀な登山者にも優しく、遭難死した人にも笑顔でねぎらいの言葉をかけるその姿には、新鮮な驚きと感動を与えられる。

彼のもとで救助のイロハを学ぶことになる新米救助員を長澤まさみがショートカットの役作りで好演する。長身にまぶしい笑顔、かわいらしい声。毎度ながらスクリーンに映える素晴らしい輝きを放っている。こうやってほめればほめるほどなぜかコチラがあちこちから非難される、良くも悪くも賛否両論な女優であるが、今回も冬山での厳しいスタントを自らこなし、若き女優魂を見せつける。

本作での演技面でのクライマックスは、救助者を背負いながらも追い詰められ苦渋の決断をせまられるシーンにおける表情である。普段が女の子っぽいタイプである分、こうしたシリアスな場面では落差の大きな演技ができる、そこがこの人の強みである。このほかにも救命シーンにおける揺れる胸などの圧倒的な強みも持つが、それはあくまで個人的趣向によるものであり、採点には含まれていない。

物語は、様々な人を救助する中での二人の関係と、とくに久美の成長が本筋となる。エンタテイメント性の部分では、困難な救助シーンが次々と出てきて見せ場を構成する。多くの犠牲者も出るが、それが山の厳しさをよく表現している。限られた上映時間の中、やたらと人が死んだり遭難するあたり、ここは殺人山かよと思わなくもないが、実際に北アルプスの高峰でロケ撮影した風景の奥行きが凄いものだからなんとなく納得してしまう。見ているだけでゾクゾクする吹雪の場面などはじつに映画的。クーラーいらずの節電時代にぴったりな作品といえるだろう。

伏線回収してますよと、あからさまに説明するあたりは親切とみるべきか、くどいのか微妙なところだが、一般向け大作とすれば親切演出と好意的に解釈しよう。ドラマチックすぎる設定も、漫画原作だからと思えば許せる範囲。

映像の派手さ、主演二人の華やかさ。そうした大作らしい要素も備えており、休日に1本映画でも見ようかというライトユーザーには、それなりの満足を与えてくれる。なお、意図的なまでに強調されたこの映画の食事シーンは、空腹感を大いに刺激する。見るなら食事前をおすすめする。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.