『英国王のスピーチ』75点(100点満点中)
The King’s Speech 2011年2月26日、TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマ他全国順次ロードショー 2010年/イギリス・オーストラリア/カラー/118分/配給:ギャガ
監督:トム・フーパー 脚本:デヴィッド・サイドラー 出演:コリン・ファース ヘレナ・ボナム=カーター ジェフリー・ラッシュ ガイ・ピアース

≪アカデミー賞受賞も当然≫

「英国王のスピーチ」は、「ソーシャル・ネットワーク」との一騎打ちを制してアカデミー賞の主要部門を独占した話題作だ。日本では早くも終わコン臭がぷんぷん漂うFacebookの時代遅れ感に比べれば、数十年前の史実を描きながらもきわめて現代的な比喩を持つ本作がアカデミー賞を受賞したのは当然であろう。私としても見終わった瞬間、出来の良しあしとは関係なく「ああ、今年はこれだな」と確信を持った作品である。

1930年代のイギリス。国王ジョージ5世の二男アルバート(のちのジョージ6世 演じるのはコリン・ファース)は、吃音症のため満足にスピーチ一つできなかった。彼は、社交的で献身的な妻エリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)のすすめで、オーストラリア出身の平民な上に型破りな自称専門家ライオネル(ジェフリー・ラッシュ)の治療を受けることに。徐々に効果も表れ、王族相手にまったく臆しないライオネルとアルバートは、やがて友情で結ばれてゆく。そんな折、即位したばかりの兄エドワード8世(ガイ・ピアース)が、全国民を驚かせる決断をする。

英国俳優界の芸達者勢揃いの、見ごたえある歴史ドラマ。この手のジャンルにありがちな退屈さや、歴史知識不足の観客が受けがちな疎外感を感じることはまったくない。非常にわかりやすく、華やかなこの時代の王室メンバーの魅力を感じさせてくれるとともに、主役二人の身分を超えた名タッグぶりに通快感を味わえる、万人向けの一品である。

このころの英王室といえば、もっとも映画のネタになりやすいのは主人公の兄エドワード8世。王冠を賭けた恋とよばれる、王の身分をかなぐり捨てて恋人のもとに走ったそのはた迷惑、いやドラマチックな人生は、英王室ファンならずとも聞いたことがあるだろう。ウィンザー公の名で知られる彼は、英国かぶれのファッションマニアの間では、特徴的な襟のシャツやネクタイの結び方の由来となったことでも知られている。かくいう私も、ウィンザーカラーのシャツが大好きだ。どれくらい好きかというと、襟の角度や長さまで指定してオーダーするくらい好きなのだが、そのこだわりに気づいてくれる人は皆無である。これを読んだ人は、今後私に会ったら一言シャツの襟を褒めるように。

しかし、演じるガイ・ピアースはあくまで今回は目立たない、主役を立てるわき役に徹している。なんといっても『英国王のスピーチ』は、彼の陰に隠れがちな、しかし国民に愛された善良なる王ジョージ6世の物語なのだから。

さて、『英国王のスピーチ』がなぜ今アメリカ人に愛され、アカデミー賞までとってしまったのか。この映画は全米4館スタートから大ヒットした形なので、批評家以上に観客に愛された作品であることは明らかだ。アカデミー賞の投票権がある会員が英王室好きだから、などといった類型的な分析では、その本質は見えてこない。

不況時代に人格者の国王ががんばって障害を克服する話。そこで描かれるのは、主人公ジョージ6世のたぐいまれなるリーダーシップ、すなわちリーダーとしての資質の高さである。むろん、平民のライオネルの毒舌に思わず怒りを露にするシーンもあり、人間味や親しみも見せてくれるが、それ以上に感じるのは、平民には決してマネできぬ強い責任感と信念。

彼が吃音を克服しようとするバイタリティの源も、要は国民の前でしっかり話し、導かねばならぬという責任感の表れだ。幼少時代、ひどい目にあいながらも決して王族の一員としてのプライドを失わず、陰では苦しい努力も怠らない。英国紳士はこれ見よがしな態度をもっとも卑下し、リーダーシップを何より重視するといわれるが、この映画の主人公はまさしくその理想形である。

皇室を戴く日本人ならこうした人物に尊敬を抱く国民感情は自明だろうが、アメリカ人に受けたという点が実に興味深い。

彼らはこうした度量ある、同時に気位の高いリーダーを求めているのか。なにしろこの時代のイギリスは、現在のアメリカ同様不況の真っただ中、そして覇権の末期である。そしてジョージ6世はこのあとヒトラーやスターリンといった独裁者に対し、首相のチャーチルとともに国の運命を背負って対峙していくのである。

現在中東情勢が急速に悪化し、独裁者たちが民衆を武力制圧する事態にまで発展している。いうまでもなくアメリカは、覇権国家としての運命をかけ、この難題に対処してゆかねばならない。

そんな時代に『英国王のスピーチ』がアカデミー賞を受賞する。じつにタイムリーというか、意味深ではないか。イギリスの王と首相は、果たしてどういう運命をたどったか。

まあ、そんなことを考えなくとも『英国王のスピーチ』はふつうに面白く、気軽にみられる楽しい歴史ドラマ。まだ少女のエリザベス(現在の女王)やマーガレット王女も登場し、ちゃんとセリフつきの出番も用意される。

ラストには、感動的だがその後の歴史を考えるとなかなか思わせぶりなスピーチのシーンが用意される。このシーンのバックに流れる音楽が、ドイツ出身のベートーベン(交響曲第7番 第2楽章)というあたりがまた、何とも言えないものがある。



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