『フード・インク』65点(100点満点中)
FOOD,INC. 2011年1月22日(土)、全国順次ロードショー! 2009年/アメリカ/カラー/94分/アメリカンビスタ/ドルビーデジタル 提供:メダリオンメディア / 協力:カフェグルーヴ 配給:アンプラグド
監督:ロバート・ケナー 出演:エリック・シュローサー、マイケル・ポーラン

≪『ザ・コーヴ』に敗れたガチンコ米批判映画≫

『ザ・コーヴ』の日本公開が決まった時、自称愛国者の特攻野郎な人たちが、よりにもよって配給会社社長の自宅兼事務所に怒鳴り込む事件が起きた。頭に血が上りやすいにも程があるものだと、多くの人をドン引きさせたわけだが、もし彼らが、同じ映画会社が『フード・インク』の配給権を買った事実を知ったら何というだろう。それでも彼らを反日呼ばわりするのだろうか。

なにしろこの映画は、アカデミー賞で『ザ・コーヴ』と長編ドキュメンタリー映画賞を争った、いわくつきの食問題ドキュメンタリー。ただし日本の太地町を狙い撃ちした『ザ・コーヴ』と違い、『フード・インク』はきわめて強烈なアメリカ批判である。製作者に、「ファストフードが世界を食い尽くす」で世界最大の某ファストフードチェーンを名指しで批判したエリック・シュローサーの名がある時点で、そのガチンコぶりが想像できる。

じっさい、いい加減な主張と事実誤認、ねつ造の連続により、教養ある人にとってはコメディーでしかないイルカ映画にくらべ、『フード・インク』の主張は本質をついており、米国の食糧戦略とそのプロパガンダ勢力にとってじつに都合が悪いものだ。

シーシェパードLOVEのハリウッドでは結局『ザ・コーヴ』がオスカーを受賞したものの、興行成績では『フード・インク』が圧勝した。その事実を知ってからこれを見ると、それなりに興味深いものがある。

内容は多岐にわたるが、テーマとしては「大量生産される安い食べ物の危険性」と、その理由としての「大企業や大国政府の欺瞞性」といったところ。

もっとも、モンサントやら不衛生な食肉解体現場、クローン肉の危険性だのといった話を改めて聞くと、あまりに代わり映えしないその内容にうんざりする。こんなものは、何年も前から、多くのジャーナリストが繰り返し言い続けてきたことばかりだ。それをいまだ新作映画にしなくてはならない(しかもヒットした)とは、アメリカ人というのはどんだけ情弱(情報弱者)なんだよと思う。

そんなわけで『フード・インク』は、食糧問題の初心者やアメリカ人にのみ、オススメしたいのだが、そうした人たち向けに本記事でもいくつか話題をピックアップしてみよう。

まずコーン問題。大企業モンサントが開発した遺伝子組み換えコーンを、政府が助成金をつけて地球上で一番安値にした上で、大量生産・大量輸出する。自由貿易の名のもとにこの押し売り商売を正当化し、輸出先の農業に壊滅的打撃を与え、未来永劫自分の国のコーンを売りつける。そんな戦略が映画の中でも解説されている。

ちなみに米国によるこの行為を、私は文字通りの戦争行為と理解している。平時にやっているから気づきにくいだけで、相手国から不当に財産を奪う行為なのだから戦争以外の何物でもない。じじつ2004年、米軍がイラク占領後に真っ先に出した指令の中に、なぜか「農民による種子の自家採取の禁止」が含まれていた事実を知れば、平和ぼけな人たちも気づくだろうか。米国の大企業による食糧侵略というべきこの行為は、単なる経済活動ではない。軍事、政府と密接に結び付いた世界戦略の一環だと、知っておいて損はないだろう。

彼らは風に飛ばされてきたGM(遺伝子組み換え作物)品種と自然交雑した近隣の畑を経営するオーガニック農家に対し、あろうことかGM種子の無断栽培=特許侵害などと訴え、目の玉が飛び出るような賠償金を請求する。飲み屋で誘惑してきた金髪巨乳美女とホテルに行ったら、後日マッチョなマフィア組長が怒鳴り込んできて金銭を要求されるようなものだ(Hできる分、美人局の方がまだマシか)。

そんなマッチョなモンサント社には名うての訴訟弁護団がいるので、素人が戦っても勝ち目はない。いたいけな農家は彼らの軍門に下り、和解して泣き寝入りするか、玉砕して廃業するほかない。

こうした米国の官民あげての傲慢な行動は、自由市場という名の「米国にとってだけ都合のいい」土俵で、圧倒的有利なハンディ戦として行われる。敗れた国は、伝統的な農業や作物の品種といったかけがえのない財産を失う。

長年標的とされている日本(の特に稲作農家)も現在、TPPという蟻地獄に引き込まれようとしている。たまたま最近の流行がTPPというだけで、名をかえ手をかえ、これは長年行われてきたことだ。アメリカは日本の稲作農家を全滅させるまで、絶対に圧力を緩めないだろう。日本最大の脅威が尖閣諸島の向こう側にいるなどと勘違いしていると、同盟国(笑)から足をすくわれる。

そんな折に公開される、きわめてタイムリーな『フード・インク』。この時代に生きる社会人が知っておくべき最低限の常識を、広く浅く学べるという意味で意義ある1本である。



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