『ヤギと男と男と壁と』60点(100点満点中)
The Men Who Stare at Goats 2010年8/14(土)シネセゾン渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開 2009年/アメリカ・イギリス/94分/カラー/35mm/シネマスコープ 配給:日活
監督:グラント・ヘスロヴ 脚本:ピーター・ストローハン 原案:ジョン・ロンスン「実録・アメリカ超能力部隊」村上和久[訳]文春文庫 出演:ジョージ・クルーニー ジェフ・ブリッジス ユアン・マクレガー ケヴィン・スペイシー

≪自称「実話」のトンデモ軍隊話≫

右だろうが左だろうが、極端に行き過ぎれば似たようなもの。まず、人は何か政治運動をはじめると、たいてい最後は自分の無力感に気づかされる事になる。ここで理想と現実の折り合いをつけ路線修正できればいいが、それができない一部の人間はどんどん先鋭、過激化し、やがて誰からも支持されなくなる。

世間はバカだ、マスコミはバカだ、なぜ誰も気づいてくれないんだ、わかってくれないんだ。そんな風に思い出したらもう末期である。

そういうテンパった人たちは一度、街で黒髪ロングの痩せた女の子をナンパして楽しく恋をして、脳みそをリフレッシュしたほうがいい。そうすれば、現実社会と自分の距離感を正確につかみなおすこともできる。ちなみに黒髪うんぬんは単なる私の好みであり、本記事の主張とは何の関連も無い。

2003年、奥さんを寝取られた地方紙記者ボブ(ユアン・マクレガー)は、やけになってイラクの戦場へとスクープ探しに向かう。だがそんな素人記者に最前線でできることなどは無く、余計に欝になっていたところ、ボブは奇妙な男リン(ジョージ・クルーニー)と出会う。彼の話によれば、リンはかつて米軍に存在した超能力部隊「新地球軍」のエース級能力者だったというのだ。眉唾と思いつつも、二人で砂漠を旅していくうち、ボブはリンの話を信じるようになっていく。

米軍に超能力部隊なんぞを作って、おバカな訓練をしているリーダー役はジェフ・ブリッジス。ところが前例がない訓練ということで、あらゆるオカルト的なコミュニティで修行して道を探った結果、どうみてもヒッピーかぶれな風貌へと変わってゆく。

このくだり、混浴コミュニティーなんぞをまじめに体験したり、男性器におもりをぶら下げて鍛えたりなど、どこが超能力だかさっぱりわからぬ展開。あまりのくだらなさに爆笑できる。

基本的に、米軍をおちょくり、同時にそうしたヒッピー的なもの、ニューエイジ文化というようなものをも茶化してゆく。出演者にはリベラルな面々が並んでいるが、だからか特に米軍批判の色が濃い目である。

ただ、おそらく本作が真にやりたかったことは、米軍にそうしたリベラル思想(ベトナム戦争敗戦のトラウマによる反動)が入り込んだ結果、平和主義志向になるかと思ったら、逆にそうした考え方を殺人に利用されてしまった点を強調することにある。

平和志向の超能力者も、結局は軍人のさだめから逃れられない。おバカなギャグ路線の途中で、軍隊の本質、非人間性、恐ろしさを浮き彫りにしようという試みである。チンコに砂袋をぶらさげていた連中が、やがて目力でヤギを殺そうとしはじめるあたりは、それを如実にあらわした重要な場面といえる。

この狙い自体は悪くない。冒頭に書いたとおり、右も左もいきつくところはカルト。過激な社会不適格者である。よかれと思ってすすめた平和軍の構想が、正反対の殺人集団になったところで筋は通る。

ただ、個人的にはそうした主張をもっと前面に押し出し、シニカルにまとめてほしかったという気持ちは残る。ラストシーンもちょっとセンスが無いし、惜しいところ。



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