『ザ・ロード』75点(100点満点中)
The Road 2010年6月26日、日比谷シャンテにてロードショー 2009年/アメリカ/カラー/111分/配給:ブロードメディア
監督:ジョン・ヒルコート 原作:コーマック・マッカーシー 脚本:ジョー・ペンホール 出演:ヴィゴ・モーテンセン コディ・スミット=マクフィー ロバート・デュヴァル ガイ・ピアース シャーリーズ・セロン

≪胃が痛くなるほどの絶望感≫

この前週公開となった「ザ・ウォーカー」と本作は、世界設定もプロットもほとんど同じである。文明が崩壊し、靴やら石鹸が一番の貴重品。大事なものを抱えた主人公は、ひたすら目的地へ孤独な旅を続ける。

文明ならぬ国民生活が崩壊した世界を生きる現代アメリカ人は、本当に悲劇のヒーロー気取りが好きなんだなと感心するが、2作のラストを見比べてみると興味深い。個人的には、やっぱり2010年の映画はこういうオチしかないよなと完全に納得。その意味で両作品ともさほどの意外性はないのだが、作品としていまいちという意味ではまったくない。どちらも優れたSFであり、人間ドラマである。

文明が崩壊したアメリカ大陸を、南に向かって旅する二人がいた。父(ヴィゴ・モーテンセン)は徹底したサバイバルの心得とともに、決して悪の道に行くなと説きつづけ、幼い息子(コディ・スミット=マクフィー)はその教えだけを誇りに、絶望的なこの世界で何とか生きている。だが人間の肉を食料として求める無法者たちは、徒党を組み強力な武器で旅人を襲う。はたして父は、無防備な息子を守りきれるのだろうか。

「ザ・ウォーカー」は気楽に見られるアクション映画といえなくもなかったが、こちらはかなりハードだ。

背景世界も父子の予想される運命も絶望感に溢れ、二人の旅の過酷さは比較にならない。なんといってもこの父親は特殊能力も戦闘力もないただの男。まして自らの最大の弱点である息子を常に回りにさらして歩き続けねばならない。こんな状況で、一体全体どうやって生き延びればいいというのか。

彼が持つ拳銃には2発だけ弾丸が残っているが、二人ともそれは自害用と認識している。父親はピンチに陥るたび、息子の眉間に銃口をあてる。そのたびにこちらも胸をえぐられる。彼の心境は、誰にだって痛いほどわかる。さらに子供のいる人にとっては、見るのが相当つらい一本だろう。

この物語の父子は、必死に生きたいと願い、今日の食料すら満足に得られぬ絶望的な旅を続けている。シャーリーズ・セロン演じる妻、母はなぜかいない。その理由は徐々に明らかになる。

それにしても、実のところ彼らがもっとも求めるものは「生存」ではないのかもしれない。彼らは人肉食に手を出さぬことで、人の世界にとどまっている。「善」なる火を心の中に灯し続けることが、彼らの生きる意味だ。飢えと乾き、絶え間なく続く無法者たちの襲撃により、その火は文字通り風前の灯。だが、それを信じることをやめてしまったら、その瞬間彼らはあっけなく死んでしまうだろう。そう思わせるだけの希望が、その火には宿っている。

だから彼らが求めるものは、単なる生存でなくこの「火」である。そう認識した上で結末の意味を考えると、より本作を深く味わえるだろう。

「ザ・ロード」は、絶望の描き方が抜群にうまく、同時に希望の匂わせ方も憎らしいほどにうまい。いちいち説明すると完全にネタバレになるのでやめておくが、個人的には「絶望」のほうのインパクトが強すぎて、素晴らしい映画なのに2度とは見たくない。

心動かされる演技、演出にあふれた人間ドラマ。この父子は何を失い、何を得るのか。ぜひ(一度だけは)見てほしい傑作である。



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