『9<ナイン> 〜9番目の奇妙な人形〜』75点(100点満点中)
9 2010年5月8日(土)より新宿ピカデリー他にて全国ロードショー 2009年/アメリカ映画/カラー/ヴィスタ/80分/ドルビーデジタル 配給:ギャガ Powered by ヒューマックスシネマ
監督/原案 シェーン・アッカー 脚本 パメラ・ぺトラー 製作 ティム・バートン 声の出演 イライジャ・ウッド ジョン・C・ライリー ジェニファー・コネリー クリストファー・プラマー マーティン・ランドー

高品質な物語と世界観、そしてアニメーション

巨匠ティム・バートンがほれ込んだ至高の11分。その短編アニメーションを、同じ監督(シェーン・アッカー)が長編リメイクしたものが本作『9<ナイン> 〜9番目の奇妙な人形〜』である。

麻布製の人形が小さな部屋で目覚めた。背中には9の文字。部屋の中にも外にも生命の気配はない。文明社会はどうやら滅びてしまったようだ。というか、自分は誰なのか、なぜ動いているのか。やがて外に出た「9」は、背中に「2」と書かれているよく似た人形と出会う。

このアニメーションの魅力は、短編、長編とも抜群に引き込まれるその世界観にある。とくに短編では、セリフがないためほとんど説明がなされず、そのあいまいな背景がまた興味をそそった。誰が何のためにこの人形を作り、動かしたのか。彼らを襲う機械の化けものはいったい何か。人形たちはどこへ行くのか。

どんよりした色合いの世界で、文明の残滓たるガラクタを利用し、人形たちはサバイバルしている。この人形の動きがまた滑らかで、アニメーションのクオリティの高さはオリエント工業もびっくりなレベルである。もっとも描かれる人形のほうはそれとは比べるべくもないボロ布製。ただ、その独特のビジュアルにはそそられるものがあり、オタクではない普通の人々も、愛らしい造形美に心奪われるに違いない。なお米国ではPG指定がついており、決して小さな子供向きのアニメではない。

話はシンプルで、まず圧倒的な力を持つ化け物たちがいる。そこから生き延びるのが当面の人形たちの目的だ。

ところがその方法論で彼らは二つに分かれる。主人公「9」は、目覚めたばかりで怖いもの知らずなためか、戦うべしという。ベテランのリーダー「1」は、仲間の犠牲を出す訳には行かぬ、息を潜めて暮らすべきという。この二人の対立が主題となる。

どちらも間違ってはいまい。ただ「いのち」が最優先で、大勢を救うためなら少数の犠牲さえいとわない「1」の考え方は、根本的に前提の価値観と行動が矛盾している。彼の「矛盾」は、クライマックスで「1」がある人物を犠牲にするシーンまで続く。そんな「1」の姿は、まるで家族のため仕事に精を出したら家族と過ごす時間がなくなってしまった現代人のようだ。目的と手段がごちゃごちゃに混乱している現代人たちは、彼を愚かと笑えまい。

一方「9」の性格、考え方は単純明快だ。全員一丸となって戦い、生き延びる。わかりやすいヒーローである。

とはいえ、新旧どちらのリーダーも勇気と責任感を持つ点では似ている。だが行動は正反対。そこが面白い。

冒頭から女子供の死体が写り、「これは子供向きじゃないですよ」宣言を行っているので緊張感がある。ふと気を抜くとすぐに命が失われるであろう予感。だからアクションも盛り上がるし、実際良くできている。

人形の誕生過程を考えてみれば、物語と世界観がキリスト教をモチーフにしているのは明らか。そう考えると、ラストシーンのセリフも意味深だ。明らかに、このフィクションの物語は、現実の私たちの暮らしの一部を比喩し、そこにダイレクトなメッセージを伝えようとしている。そのあたりを念頭に見ると、より深く味わえるに違いない。



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