『マイレージ、マイライフ』70点(100点満点中)
Up in the air 2010年3月20日(土) TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー 2009年/アメリカ/カラー/109分/配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン
監督・脚本・製作:ジェイソン・ライトマン 原作:ウォルター・キム 出演:ジョージ・クルーニー ジェイソン・ベイトマン ヴェラ・ファーミガ アナ・ケンドリック

失業者ガンバレのメッセージを素直に受け取れないのはなぜか

どんな国でも多かれ少なかれ、映画業界というのはプロパガンダの役割を担いがちだ。とりわけアメリカはその傾向が強く、私はハリウッドをアメリカ5番目の軍隊(沿岸警備隊を入れるなら6番目?)と呼んでいる。むろん、そこで働く人たちにそんな自覚はないだろうが、そのように利用されているという意味での話だ。そして、そう称されるだけの価値がある業界ということでもある。実際は日本のように、内外どちらに対してもそんな影響力などない国がほとんどなのだから。

訴訟を恐れる企業に代わり、リストラ対象者にくびを言い渡す仕事をしているライアン(ジョージ・クルーニー)。この不況で彼の会社は大忙しで、ライアン自身も年に322日間も出張している。そんな彼の趣味……というより人生の目的はマイレージポイントを貯めること。そして、ついに最終目標とするポイント寸前で、新入社員(アナ・ケンドリック)によって思わぬ横槍が入る。

全米中を飛び回って、行く先々で労働者をクビにする男の物語。画面には墓標のように次々と都市名が現れ、不況に逃げ場なしの印象を強く持たざるを得ない。リストラシーンの多さでは類を見ない失業映画、世界でもっともイヤなロードムービーである。

ただし『JUNO/ジュノ』(2007)のジェイソン・ライトマン監督作品だから、深刻さとは無縁のコメディータッチ。スーツケースに入らないものは、荷物はおろか家族も恋人も持たないポリシーの主人公に、その価値観をゆるがすちょっとした事件がおきる。家族至上主義のアメリカ映画としては、いかにもありがちな主題が描かれている。

さて、今年のアカデミー賞ではこの映画や「ハート・ロッカー」がノミネートされ、高く評価されている。いったいなぜなのか、その理由は常日頃からアメリカ映画の動向をウォッチしていればすぐにわかる。二つの共通項は、2008年から流行している国内向けプロパガンダテーマ「アメリカガンバレ」が描かれているということだ。

しかも露骨なことに本作では、本物の失業経験者(一般人)が大勢登場し、カメラ(やジョージ・クルーニー)に向かって思いのたけをぶちまける。

だがそんなものを見ても、いかにも勝ち組監督が安全地帯から作ったような白々しい印象をうけてしまうのはなぜだろう?

その理由のひとつに、主人公の変化が強引で、説得力に乏しいことがあげられる。これが観客の共感を阻害する。

こういう価値観の人間が、ヒロインと連絡が取れないときにああいう行動をとるとはどうしても思えない。そこまで彼女に入れ込むというのなら、主人公が長年の夢の達成の空しさを知るなどといった、変わるに値する理由がほしいところだ。

それでも、空港サービスを使いこなす主人公の風変わりな生活は見ていて純粋に面白いし、コメディとしても上出来。いかにも2010年の映画にふさわしい時代性も持っているから、アメリカの流行映画を楽しみたい人には打ってつけだろう。



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