『食堂かたつむり』4点(100点満点中)
2010年2月6日公開 全国東宝系 2010年/日本/カラー/119分/配給:東宝
原作:小川糸 監督:富永まい 脚本:高井浩子 出演:柴咲コウ 余貴美子 三浦友和 ブラザートム

早くも本年度を代表する良作の登場か

映画『食堂かたつむり』は、作詞家で小説家の小川糸による同名原作の映画化。この本は人気テレビ番組「王様のブランチ」で絶賛されベストセラーになったもので、ためしにamazonを見てみると、私が作者だったら枕を泣き濡らすに違いない、心温まる読者レビューの嵐である。

ブタをペットとして飼い、経営するスナックで一癖もふた癖もある常連客を軽くあしらうエキセントリックな母(余貴美子)のことが、倫子(柴咲コウ)は昔から嫌いだった。だが失恋のショックで声が出なくなった倫子は、そんな母のもとに戻り、近所で小さな食堂を開業する事に。一日に一組だけのお客さんに、その人を元気にするオリジナルメニューをつくる倫子の食堂は、やがて評判となるが……。

「人物描写が浅い」「期待はずれ」「話が薄い」「突っ込みどころ満載」などといった生の読者の声を、きっと富永まい監督も読んだのだろう。この映画版を見た人も、原作を読んだ人たちと同じ感想を持つことができる、きわめて原作に忠実な実写化となっている。

とくにこの原作者は、食というものを根本的に勘違いしている(もしくはそう装っている)ので、最後のパーティーシーンのトンデモ度合いは他に類を見ないレベルに達している。観客はもとより、演じる役者たちも一人残らずそれに気づいているはずだが、誰一人そんな風には見えないあたり、さすがはプロフェッショナル。その意味で本作は、アカデミー賞級の名演技に支えられているといってよい。

何かの勘違いでおいしそうなグルメドラマ、あるいは柴咲コウ主演のおしゃれ映画を期待した女性観客を奈落の底に突き落とす、神をも恐れぬチャレンジ精神。私はその勇気に強く感動した。

登場するヒロインのレシピも魅力的だ。まず最初に出てくるカレーライスの具は、迷わずザクロを選択。中東のほうにそういう料理があるのは私とて認識しているし、それをこの相手に出す理由もわからないでもない。

ただ、後から考えるとやはり単なるゲテモノに見えてしまうほどに、話のまとめ方が強烈なのである。柴咲コウは実際に料理上手で、無言でテキパキ手際よくすすめてしまうあたりも、独特のシュール感を漂わせている。

だいたいこの柴咲コウという女優は一般にはトレンドリーダーとして知られるが、映画界では打率、駄率ともに高い大型スラッガーである。今回も、なかなか派手にぶっぱなしてくれた。

料理を作る⇒客喜ぶの繰り返しで中盤はややダレるものの、先述したパーティー場面ですべてのマイナスを帳消しにする大ホームラン。マイナスにマイナスをかければプラスになる。これぞ、柴咲コウ&富永まい監督による勝利の方程式といえる。

原作小説も、ネットじゃ酷評テレビじゃ絶賛という、奇跡のような不思議現象を巻き起こしたが、この映画版も負けていない。邦画では貴重なカルトホラーとして、まれにみる傑作の誕生となった。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.