『おとうと』75点(100点満点中)
2010年1月30日(土)より全国ロードショー 2010年/日本/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル/2時間6分 配給:松竹
監督:山田洋次 脚本:山田洋次・平松恵美子 撮影:近森眞史(JSC) 出演:吉永小百合 笑福亭鶴瓶 蒼井優 加瀬亮

山田洋次監督の円熟味

『おとうと』をみると、これこそ横綱相撲だなという感じを受ける。最近は横綱というと、酔っ払って周りをぶんなぐる血の気の多い奴といった印象が強いが、もちろんこの映画はそうではない。奇手に逃げず、昔ながらの定番の技術のみで、堂々と見せる風格ある映画という意味である。

小さな薬局を営む吟子(吉永小百合)は、女でひとつで育てた娘、小春(蒼井優)の結婚を前に心穏やかな日々をすごしていた。ところがそこに、行方知れずだった問題児の弟、鉄郎(笑福亭鶴瓶)が突然現れる。どこかから小春の結婚の報を聞きつけたらしい彼は、当然のように式へ出席するつもりでやってきたのだった。

市川崑監督の「おとうと」(60年)に捧げられる本作は、山田監督がその登場人物を念頭に置きながら作り上げたドラマである。と同時に、「男はつらいよ」の幻のラストを意識させる内容にもなっている。

ただ、そうした過去を意識せずとも十二分に味わえる見事な内容で、それを支える演出技術の高さにも圧倒される。

たとえばこの作品は壊れかけの家族の姿を描いているが、何気ないその背景ではサブリミナルのように「幸せそうな、まともな、壊れていない家庭」の姿を映し続ける。花火大会の場面、薬局の窓外の風景など、多くのショットでそれを確認することができる。

カメラはフィックスで安定しており、録音も明瞭。そして破綻なき光。まさに落ち着き払った画面作りである。ただし、必要な場面では手持ちカメラを効果的に揺らす。それらにこめられた監督の意図が、はっきり伝わってくるので、映画好きにはたまらない味わいがある。

山田監督の目には、吉永小百合は今でもキューポラの美少女にうつっているので、実年齢とはかけ離れた役を今回も与えられているが、ここまでくるともはや芸術である。彼女はなんだかんだ言っても、カメラを見つめさえすれば即観客を魅了する強烈な魔力をいまだ持っている。なにしろあの目の力はすごい。何か演技をしだすとその魔法も破綻しかけるが、周辺に多数配置された演技派が全力でカバーし盛り立てる。何も問題はない。

そして何より高く評価したいのは、こうしたホームドラマに現代的なテーマをしのばせる手法である。

テレビがなかった時代ならいざ知らず、退屈なホームドラマなんぞを作って有料公開する意義は、この時代ほとんどない。たとえそういうジャンルであろうと、そこには監督が社会をみつめる視線があってしかるべき。映画とテレビは、今やはっきり差別化しなくてはならないのだから。

具体的にこの映画の場合でいうと、後半に出てくる身寄りのない人々を看取る団体の話。これがあるとないでは大違いだ。ここにこそ、この監督ならではの、社会問題に対する真剣かつ優しい視線がこめられており、強い感動をえることができる。

一見ふるくさいホームドラマでありながら、古典のそれとは明らかに違う。山田洋次監督は、2010年に封切る意義のある古典的ドラマを作り上げた。ベテラン監督は、こういう映画をこそどんどん作ってほしい。



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