『カールじいさんの空飛ぶ家』85点(100点満点中)
Up 2009年12月5日(土)全国ロードショー 2009年/アメリカ映画/日本語字幕翻訳:石田泰子/上映時間:1時間43分/5巻2,812m/ドルビーSRD-EX/ビスタサイズ/配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
監督:ピート・ドクター 共同監督:ボブ・ピーターソン 原案:ピート・ドクター、ボブ・ピーターソン、トム・マッカーシー 脚本:ボブ・ピーターソン、ピート・ドクター 声の出演:エド・アスナー ジョーダン・ナガイ ボブ・ピーターソン エリー・ドクター

「別れ」のあとには何が来るのか?

3DCGアニメーションで知られるピクサー社は、いうまでもなくこの地球上で最強のアニメーションスタジオである。品質面でも、ビジネス面でも、ここ以上のアニメ映画を作れる会社はどこにも存在しない。とくに私が立派だと思うのは、この会社が15年にわたり「オリジナル」にこだわり続けてきたことだ。

既存のストーリーではなく、ゼロから生み出す。それで利益を上げ続ける。これこそ、創造そのものというべきアニメーション、さらに言えば映画作りの理想形ではないだろうか。

風船売りの老人カール(声:エドワード・アズナー)は、長年暮らした家をついに追い出される事に。亡き妻との思い出がこもったこの家、そしてその中のあらゆるものを捨てることが出来ないカールは、熟考の結果すべての風船を家に結びつけ、家ごと空へ旅にでる。

カールじいさんが向かう先は、若いころ妻と約束したある場所。これまで彼は仕事や日々の暮らしに追われ、結局妻を連れて行ってやることが出来なかったのだ。その約束を果たすため、老人はすべてを捨て(というか持って)冒険に出る。

本作はピクサーが初めて「飛び出す」立体映画にチャレンジした作品だが、正直なところメガネの立体効果を生かしているとは言いがたい。逆に暗いフィルターを通す分、鮮やかさをスポイルしているのではないかと思う。これなら無理して300円高い3D版を見るよりも、ベーシックな2D版でカラフルな風船の色を楽しんだほうがいいだろう。

その風船は、専門家が計算した「家一軒飛ばすのに必要な数」に敬意を表してその1000分の1である2万622個描かれている。言わなきゃ誰も気づかないし、知ってても確認しようのない話ではあるが、ピクサーの職人たちの性格がうかがい知れるエピソードである。

さて、日本アニメであれば痛快な空の冒険ものになるところだが、この風船おじさんの空の旅はあっという間に終わる。その後は意外な形で冒険が続くが、このやり方も気球の専門家のアドバイスを受けた、現実的な運搬法ということだ。

このピクサー最新作は当初より並々ならぬ期待をされており、ある10歳の末期がんの少女が死ぬ前にこれを見たがったニュースも有名だ。それを知ったピクサーの優しいおじさんたちは、部外秘の完成フィルムをDVDに収めなんと彼女の病室まで出向いて上映した。もはや画面を見ることも出来ぬほど憔悴した少女は、耳元で必死に解説する母親の「声」で本作を鑑賞、その7時間後に亡くなった。せつない話だが、この傑作を最後に選んだ少女の鑑識眼は、まぎれもない本物であったといえるだろう。

さて肝心の内容について。「生活に追われて妻との約束を後回しにしていたら、果たす前に妻が死んでしまった」というあらすじから、当初私は「愛する人との時間はかけがえがない。後悔しないため、大事なことは今すぐやるべし」とのメッセージを語るのかなと予想していた。

ところが『カールじいさんの空飛ぶ家』はそういう単純かつ暗い主張ではなかった。本作のテーマは、何度も繰り返される「別れ」。すなわち「別れの重層構造」のなかにあった。

カールじいさんは序盤、愛する妻と死別する。そして家に風船を結びつけ、住み慣れた土地と別れる。やがてその風船とも別れ、快適なはずの空の旅とも別れを告げる。こうした節目節目の「別れ」は、その都度印象的な(美しいショットの)形で観客の前に提示される。

さて、しかしカールじいさんはその後どうしたか。

何度も別れを繰り返しながら、しかし彼があるものとどうしても別れられず、無理なこだわり続けた結果、いったい何を失うのか。その経験から彼は何に気づき、滝の上で何のためにどんな決断をするのか。それこそがこの物語のポイントである。ここはカールが「別れ」というモノの真の意味に気づく最重要場面であり、また観客も気づくからこそ、大きな感動を得られるのである。

この映画の中でしつこいくらいに描かれる「別れ」とはどんなものか。皆さんにも、そこに注目して読み解いてもらいたい。この物語では、「別れ」のあとに必ず何かが起こる。はたして「別離」とは終わりなのか、悲しいものなのか。

つまるところ、本作も当サイトで私がいい続けている「オバマ登場以降のアメリカ映画の傾向」そのもの。「2009年」にこれを見てこそ、最大の感動を得られる仕組みになっている。

その意味では、アメリカの映画評論家たちが本作を絶賛したのも当然である。なにしろ『カールじいさんの空飛ぶ家』は、2009年のアメリカ人が心地よく感じるであろう要素を主軸に組み込んだ、高度な計算に基づく作品なのだから。



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