『ウェイヴ』60点(100点満点中)
THE WAVE 2009年11月14日、シネマート新宿にて、他全国順次公開 2008年ドイツ映画/108分/ドイツ語/カラー/シネスコサイズ/35mm/PG-12/配給・宣伝:アット エンタテインメント
監督:デニス・ガンゼル 脚本:デニス・ガンゼル、ペーター・トアヴァルト 原作(長編):モートン・ルー「ザ・ウェーブ」 原作TVドラマ脚本:ジョニー・ドーキンス、ロン・ビルンバッハ 出演:ユルゲン・フォーゲル フレデリック・ラウ

独裁制の発生原理を実験したら大変なことに

ある大学の実験で、募集して集めた人間たちをそれぞれ囚人役と看守役に分け、擬似刑務所を運営することになった。だが何日もたたぬ内に虐待行為など、シャレにならない変化がおきたので、実験は急遽中止されたという。

有名な都市伝説……というわけではなくこれは実際にあったことで、スタンフォード監獄実験と呼ばれ71年に行われた。それを大幅にフィクションを加えて映画化した『es [エス]』(01年、独)は、怖いもの好きな人々の間で大いに人気がある。

その同じドイツ映画界から、スタンフォード監獄実験より以前に行われた、もっと恐るべき心理実験の映画が登場した。もとになった実話は、67年にやはりアメリカの高校で行われた、ある実習授業である。映画は舞台をドイツに移し、衝撃の実験結果を余すところなく伝える。

高校教師ベルガー(ユルゲン・フォーゲル)は、独裁制のついてのクラスを受け持つことに。だがもともと専門でないベルガーは、手っ取り早く生徒に理解させるため、独裁制を体験させる実習授業を思いつき、早速実行する。

そんなテキトーでいいのかよと言いたくなるが、豚を育てて最後に食わせる授業を小学生相手にやる者もいるくらいだから、どの国にもラジカルな教育者はいるものだ。

さて、クラスでは独裁者役をきめ、「擬似国家」の名前など独自の決めごとを整備していく。この作業はことのほか好評で、調子に乗った子供たちは公式ウェブサイトまであっという間に作ってしまう。ほとんど文化祭のノリであるが、学校という閉鎖空間で団結というものがある種のトランス状態を生み出すことは、誰もが体験した事だろう。非常に説得力のある展開である。

怖いのは、この「擬似独裁」に観客も知らず巻き込まれてしまう点。この授業に批判的な主人公の奥さんや女生徒などを、ウザいなーと思い始めたら要注意。独裁の魅力に落ちた瞬間である。

考えてみれば「独裁」が常に悪というわけではない。世の中には、その良い面を効果的に利用する団体がいくらでもある。ワンマン社長が引っ張る企業などはその最たるものだし、軍隊もそうかもしれない。一人の権力者が人々を動かすほうが目的達成に役立つシーンは決して少なくない。家庭内においても、強い奥さんのおかげで秩序が保たれる事はよくある話だ。こちらはある意味、軍隊よりも怖い。

この映画で描かれる実験は、強いリーダーの下での団結と平等がもたらすパワーと高揚感、そしてその危うい側面を端的に教えてくれる。この実習は、なるほど予想できぬ事態をもたらしてしまったが、多くの教訓に満ちている。

ドイツでは、二度とナチスが復活せぬよう様々な防止教育がなされているというが、それでももしかしたら……と感じさせるあたりが本作がヒットした理由のひとつだろう。ナチスと僕らは無関係、復活なんて絶対ありえないよ、と自信を持っていた多くのドイツ人が、これを見て衝撃を受けたに違いない。

調子付く高校生たちの敬礼の仕方がマヌケで苦笑してしまうが、「es [エス]」に続くカルト人気作になりそうな予感も。映画館で見られるうちに見ておくのも一興か。



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