『ゼロの焦点』20点(100点満点中)
2009年/日本/カラー/131分/配給:東宝
監督:犬童一心 原作:松本清張 脚本:犬童一心/中園健司 出演:広末涼子 中谷美紀 木村多江 杉本哲太

生誕100年以外に理由や情熱があったのか

松本清張の代表作で、数々のサスペンス劇場の元ネタとなった『ゼロの焦点』が、原作者の生誕100年記念で再映画化された。原作は1ページ目からワクワク感に襲われるエンタテイメント作品だが、映画版は気を抜くと最初の1分間から睡魔に襲われる、斬新な映像解釈である。

結婚式からわずか7日後に失踪した夫(西島秀俊)を探すため、禎子(広末涼子)は以前の勤務地である北陸・金沢に向かった。だが見合い結婚の彼女は、夫の過去をほとんど知らない。夫との交流もあった地元名士の妻・佐知子(中谷美紀)らの助けを借りつつ探り続けるが、その行く手を阻むように殺人事件がおきる。

犬童一心監督は女性を綺麗に撮る人で、3人ヒロインの本作にはある意味うってつけ。対する主演・広末涼子も先日公開されたばかりの「ヴィヨンの妻」の悪女役から一転。本来のイメージである清純無垢な若妻役をかわいらしく演じる。

とはいえ、それでも本作はこのメインヒロインを魅力的に描きだすことはできなかった。この話がうまくいくかどうかは、まさにその一点にかかっているので、これはフォローしきれぬ痛手である。

なにしろ広末涼子はシリアスものだと演技の幅が狭すぎる。さらに不運なことに、彼女の武器でもある独特の甘ったるい声が、原作における芯の強い女性のムードと猛烈な違和感を起こし続ける。しかし、原作未読者ならば、これはまだ許容できる可能性がある。

ただ、それでもキャラクターに魅力がない点に変わりはなく、いったいなぜこの女がここまで執拗に事件を追うのかも、映画版では感じ取りにくい。もともとこの話は、中年男が一人いなくなるだけなので、ストーリーテリングがよほど上手か、登場人物が生き生きしていないと、観客の興味はまったく続かない。

しかも、物語の背景には戦争の記憶がまだ身近に感じられていた時代ならではの、死との距離の近さが重要なファクターとして存在する。その重苦しい空気を、現代の若い俳優を使って表現する困難は認めるが、それができないと事件の動機の意外性に観客が驚かされることはない。そして、それをするのにはこの監督もキャスト陣も、残念ながら力及ばず、であった。

頭の悪そうなヒロインはある時点から急に聡明なサイヤ人となって名探偵ぶりを発揮し、お約束のヤセの断崖も登場、容疑者たちはペラペラと心の内を語り、締めは中島みゆきが流れる。もはや、サスペンス劇場のパロディである。

もっとも、そうしたド定番の安心感を求める人もときにはいよう。ヒロスエさんの濡れ場という、お父さんにとっては無視できない要素もある。多大な期待は禁物だが、それでも見たいという方を否定はしない。

それにしても、古典ミステリの映画化は難しい。とくに松本清張のような社会派はその時代に読んでこそ、といった傾向が強いからなおさらだ。

それでも映画化したいのならば、なぜ今それを映像化するのか、2009年の今だからこそ逆に出来ることはないか、脳みそを振り絞って考え尽くしてからやらねばならない。生誕100年だから一番有名なやつを映画にしようか、ではダメだ。そういう発想を、安直企画、と呼ぶ。それでファンが喜ぶと思ったら大間違いである。



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