『セントアンナの奇跡』70点(100点満点中)
MIRACLE AT ST. ANNA 2009年7月25日、TOHOシネマズ シャンテ、テアトルタイムズスクエア他全国ロードショー 2008年/アメリカ/カラー/160分/配給:ショウゲート
監督:スパイク・リー 原作・脚本:ジェームズ・マクブライド 出演:デレク・ルーク マイケル・イーリー ラズ・アロンソ ジョン・タトゥーロ オマー・ベンソン・ミラー

スパイク・リー監督の戦争映画は、ミラクルな感動もの

『セントアンナの奇跡』は、社会派スパイク・リー監督らしいブレない主張性と、老練な映画作りのテクニックの両方を楽しめる、通向きの一本だ。

1983年ニューヨーク。定年間近の老郵便局員が、ドイツ製の拳銃でひとりの客を射殺した。犯人の部屋からは、イタリアのある彫像の頭部が発見される。謎だらけのこの事件を解く鍵は、1944年のトスカーナ、大戦中のイタリア戦線にあった。

ここから長い回想シーンに入り、最後に謎がすべて明らかになるとき、その奇跡に観客は感動、涙を流すという仕組み。

基本的には、この戦争中のエピソードが中心となる。主人公となるのは4人の連合軍兵士。通称バッファローソルジャーと呼ばれる彼らは、黒人のみで編成された攻撃部隊の一員だが、わけあって本隊からはぐれてしまう。

今でこそ米軍には、貧乏人や黒人ばかり危険な最前線に送る「ハイリスク・ローリターンなニコニコ人材派遣業」のイメージがあったりするが、じつは黒人兵士が前線で戦うようになったのは最近の話。この映画の時代には、まだ珍しいものだった。

そんなわけで劇中、本国アメリカで人種差別されている彼らが、「命がけで祖国を守ることで誇りを得るのだ」と語るくだりは、いま見ると複雑な気持ちになる。

さらには、黒人への偏見がない敵地イタリアで、彼らが「自由」を感じる姿も印象的。戦場で白人女性とねんごろになるエピソードも、そうした彼らの矛盾に満ちた境遇を強調する効果を生んでいる。

このように、白人─黒人の対立軸をメインにおいているが、同時に他の様々な対立軸も絡んでくる。ドイツとイタリア、パルチザン(抵抗軍)と住民、男と女、少年と大人……。そうして張っていった多くの伏線を残さず回収することも、この監督レベルであればたやすいこと。

4人の黒人兵は、逃亡劇のさなか、言葉も通じぬ現地の少年を偶然保護してつれていく。部隊を危険にさらす、この不合理な、ある意味ファンタジックなエピソードも、テーマを語る上で後に重要な意味を持つ。

過酷な(たとえば戦場のような)状況においても、人間性を失わずにいること。その崇高さを謳い上げるために、この監督はたくさんの人間模様が入り組んだ作品を作り上げた。

といっても、普通に見ればシンプルな感動物語に過ぎない。ただ、中身を詳しく分析していくときりがない、テクニカルな構成という意味だ。だから、映画好きの人がこれをみるとハマる可能性が高い。

われこそは、と思う方、または映画作りを目指す方などは、気合を入れて挑めば、得るものは大きい。一方、単に感動的な戦争映画を見たいという人も、それなりの満足を得られる。この2者を同時に満足させてくれるあたりが、スパイク・リー監督のすごい所だ。



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