『宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-』90点(100点満点中)
2009年6月13日、テアトル新宿、テアトル梅田にてロードショー 2009年/日本/カラー/72分/配給:ポニーキャニオン
原案・脚本:押井守 原作:Production I.G 監督:西久保瑞穂 キャラクターデザイン:中澤一登 作画監督:黄瀬和哉

アニメによるドキュメンタリー・エンタテイメント

アニメーションでドキュメンタリーをつくり劇場公開するなんて、ずいぶんと思い切った企画だ。そうした珍しいアイデアで出資者を説得するには、相当なクォリティの高さが必要になるはず。少なくとも、巷にはびこる原作人気頼りの安直映画とは、まったく違ったものになるだろう。そう読んだ私は真っ先に試写に出向いたが、案の定、まぎれもない力作、傑作であった。

監督は西久保瑞穂。押井守作品の高品質を支える名演出家としても知られる彼だが、今回はその押井守を「うんちく担当」として脚本に迎え、相変わらずのチームワークを見せている。そしてアニメーション制作はProduction I.G。タランティーノ監督から米映画『キル・ビル』のアニメパートを直接依頼された、日本有数の技術を誇るスタジオだ。じつに強力な布陣である。

72分間の上映時間は、「宮本武蔵はなぜ巌流島の勝利を後世語ろうとしなかったのか?」を最大の謎としてクライマックスに配置。それを解きあかす過程では、幾多の小さな謎解きがなされ、テンポがよい。見せ方も解説の手法も、とてもわかりやすい。

武蔵の代名詞というべき二刀流の優位性を見せる場面などは、簡潔なアニメーション表現のおかげで、剣道の素人にもよく理解できる。また、ヨーロッパの騎馬戦力が、東に伝わる過程でどう普及し、あるいはすたれていったか。そのくだりはまさに押井節。短時間に大量の雑学を凝縮させた、知的興奮に満ちたものになっている。

もっとも評価すべきは、これを見ると誰もが宮本武蔵という男に興味を持ち、より深く知りたくなるだろうという点。それはこうしたドキュメンタリーを作るものにとって、何よりの勲章だろう。

その意味で本作は、宮本武蔵研究の入口へとやさしく誘う入門編ということができる。とくに男性にとっては、「この天才がもう少し早く生まれていたなら」「あるいは逆だったら」と想像することはこの上ないロマンであり知的遊戯。歴史を好きな人は必見である。アニメーションだからといって、中年以降の方も敬遠する必要はまったく無い。

この映画が語る宮本武蔵の人生は、切ないが大変に魅力的。G線上のアリアが流れるクライマックスには、大きな興奮と感動が待っている。この映画を天国の宮本武蔵本人が見たら、きっとうれしそうな顔をするのではないだろうか。

この映画のスタッフは、おそらく実写のドキュメンタリーを作っても、相当ハイレベルに仕上げる力を持っている。これからも同種の企画を続けてくれるよう、強く期待したい。



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