『次郎長三国志』65点(100点満点中)
2008年9月20日(土)より、角川シネマ新宿他全国ロードショー 2008年/日本/カラー/2時間6分/7巻/3438m/ビスタサイズ/配給:角川映画
監督:マキノ雅彦 原作:村上元三 出演:中井貴一、鈴木京香、温水洋一、近藤芳正、笹野高史、佐藤浩市、竹内力

マキノ雅彦監督最新作は、マキノ家伝家の宝刀、清水の次郎長もの

今から100年前、初めての時代劇『本能寺合戦』(1908年)から日本映画の歴史は始まった。その監督・牧野省三の思いは、邦画の基礎ともいうべき作品群を作り上げた、いわゆるマキノ家の面々に受け継がれる。そして、その末裔たるマキノ雅彦=津川雅彦らの手により、今も息づいている。

ちょっぴりエッチな、大人のための粋な娯楽作『寝ずの番』(06年)に続く彼の新作は、上記牧野省三の息子で往年の名監督、マキノ雅弘の代表シリーズ『次郎長三国志』。マキノ家の伝家の宝刀とも言うべき本命の一本だ。古き良き時代、大勢の日本人に愛された映画作品を、装いも新たに、しかし根本的な部分はしっかり踏襲して送り出す。今回も「大人による、大人のための娯楽」だ。

江戸時代の清水湊。恋女房のお蝶(鈴木京香)を残し渡世修行に出ていた博徒の次郎長(中井貴一)が3年ぶりに帰ってきた。彼は大政(岸部一徳)、小政(北村一輝)、そして森の石松(温水洋一)ら大勢の子分を引き連れ、いまや東海道に名をとどろかす立派な親分となっていた。だがその代わりに敵も増え、一家は心休まる間もなく戦いに巻き込まれていく。

今の時代、次郎長をやるならこれしかない、と思うほどのキャスティングにまずは納得。意外な人選も含まれているが、みな驚くほどはまっている。脇役ながら大事な役どころだったはずの蛭子能収だけは別だが。

中でも前作に続いての主演・中井貴一は、この監督の下では実力がワンランクアップするのかと思うほどの魅力を発揮。気持ちいい男たちを率いる侠客(きょうかく)のカリスマを、抜群の説得力で演じきる。

一方、ストーリーについては不満も残る。古典的な決まり事を踏まえながら、現代の観客の目にも不自然さを残さぬ手腕は見事だったが、それでも何点か気になった。たとえば、主人公が途中で非暴力主義になる必然性は薄いし説明も足りない。重要人物の死が、たんに後の復讐劇に火をつけるためにのみ配置されているような違和感もある。

主人公の生き様に、やることなすことすべて裏目、といった悲劇性を加えたい狙いはわかるものの、最善の努力がやむなくそちらへ転がってしまったという感じがしない。観客はフラストレーションがたまるし、中だるみ感もする。この辺はまだ改善の余地がある。

それでも、お約束のお涙ちょうだいは素直に泣けるし、総合的な満足度は高い。中年以上の観客にとっては、安心して見られる伝統的な時代劇の流れもくんでいる。本流を貫くものだけがまとえる自信のようなものを、作品からは感じ取れる。50代以上の観客にとってマキノ雅彦監督作品は、今後も貴重な存在となり続けるだろう。



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