『クライマーズ・ハイ』70点(100点満点中)
2008年7月5日(土)より、丸の内TOEI @ ほか全国ロードショー 2008/日本/145分/配給:東映×ギャガ・コミュニケーションズ Powered by ヒューマックスシネマ
監督:原田眞人 原作:横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(文春文庫刊) 脚本:加藤正人/成島出/原田眞人 出演:堤真一、堺雅人、尾野真千子

日航機墜落事故を前にした新聞記者たちのドラマ

1985年8月12日に起きた日本航空123便墜落事故は、世界の航空機事故史上でも未曾有と表現される大事故で、当時を知る世代にとっては忘れられぬトラウマといえる。

その衝撃は事故を報じたジャーナリスト、記者たちにとっても同じで、事故当時、墜落現場となった群馬県の地方新聞記者だった作家・横山秀夫は、実体験を基にした小説を後に残している。それが本作の同名原作である。

ときは1985年8月。主人公の悠木(堤真一)は群馬の地方新聞「北関東新聞」の遊軍記者。頑固一徹な報道人で、社内の出世競争からは取り残されている。その彼が、御巣鷹山(おすたかやま)近辺に墜落したジャンボ旅客機報道の全権デスクに抜擢される。72年のあさま山荘以来の大事件に、新聞社内は一丸となって全国紙を出し抜こうと色めき立つが、現場の凄惨さは彼らの想像をはるかに超えていた。

悲惨な事故現場・遺族への取材と、誠実な報道に命をかけて挑んだ新聞記者等、プロフェッショナルたちの熱いドラマだ。墜落現場を再現したセット、美術も見事だが、それはあくまでいち背景にすぎない。見所となるのは、愛すべきブン屋の魂のぶつかり合い。誰も体験したことのない大事故報道を、日刊紙ならではのタイトなスケジュールの中、試行錯誤しながら挑んだ報道の記録だ。

実際に現場にいた原作者によるディテールが映画にも生かされている。とくに報道関係志望の若者にとってはモチベーションを高めるいい材料になるだろう。たぶんに大げさな演出(と信じたい)がなされた、感情むき出しの社内対立の様子など、映画にふさわしい迫力がある。

中でも、広告をとっ外してそのスペースに特ダネをぶち込もうとする主人公の前に、広告局の担当者が血相を変えて怒鳴り込んでくる場面は面白い。口調も外見もほとんどヤクザかと思うようなガラの悪さで、整理部や編集局の面々が入り乱れて乱闘状態になる。

全社員参加のバーリトゥード開催とは驚きだが、80年代という熱い時代がそこまで人々を純粋にさせたのか、それとも稀に見る大事故の興奮がそうさせたのか。いずれにしても今、ここまで仕事に情熱をもっている男たちがどれほど生き残っているだろう。

資金力に勝る全国紙に、地方紙ならではの地域密着型情報網で立ち向かう彼ら。だがスクープと遺族(地元民)の思い、どちらを優先すべきなのか。そんな人間ドラマ、企業戦士ものとしてのスリルが大いに味わえる。

これだけの人数が出てくる中、どの登場人物にも血が通っているというのはお見事。原田眞人監督は、こういうシリアスな物語を演出させるに適任だ。



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