『ぐるりのこと。』70点(100点満点中)
2008年6月7日(土)よりシネマライズ、シネスイッチ銀座にてロードショー 2007年/日本/カラー/140分/配給:ビターズ・エンド
監督・原作・脚本・編集:橋口亮輔 キャスト:木村多江、リリー・フランキー
激動の90年代の出来事と、ある夫婦の悲劇を並行させたドラマ
前作『ハッシュ!』公開後にうつになったと語る橋口亮輔監督は、そこから抜け出した経験を生かして最新作『ぐるりのこと。』を作った。
1993年。零細出版社に勤める妻・翔子(木村多江)と、靴修理店でアルバイトする夫・カナオ(リリー・フランキー)。日本画家になる夢を捨てきれないカナオは、あるとき法廷画家の仕事を頼まれる。妊娠した翔子のお腹も徐々にふくらみ、幸せいっぱいの二人に悲劇が訪れる。
比類なき悲しみに見舞われ、ぼろぼろになりながらも歩いていく夫婦の物語。妻は夫とセックスをする日まで事前に決めているような性格。木村多江のような美人であっても、そんな事されたら逃げ出したい。それはともかくその几帳面さが災いしてか、やがて彼女は精神を病んでしまう。時が癒すほかはない出来事を前に、夫は自らの無力を悟るかのように静かに仕事に没頭する。はたして二人の希望はどこにあるのか。
冒頭、いきなり赤裸々なH談義から始まる。その後主演の二人が登場し、これまた生々しい夜の会話を交わす。映画初主演となる二人の演技は快調で、気負いのないやりとりが笑いを誘う。
やがてそんなコミカルさと対を成す法廷場面が登場。主人公の法廷画家としての初仕事だ。勝手がわからず右往左往する中、思わず被告人の真後ろに陣取ってしまうなど(顔の絵を描かねばならないのにどうするの?!)、ちょっとしたスリルを交えながらその様子が描かれる。いかにもありそうな展開が楽しい。
この93年の一連の場面は全体的にコミカルで、かつリアルな法廷シーンを交えることで強いエンタテイメント性を生み出している。大いに引き込まれるが、94年2月に転換するとスクリーンの空気が一変する。
何がおきたのか、明確な説明はない。橋口亮輔監督は直接の出来事でなく、それを見た人々の反応を描くことでその意味を観客に伝えようとする。93年を見てきた観客を翻弄するかのように、雰囲気を違えた夫婦のドラマが淡々と進行する。
『ぐるりのこと。』最大の特徴は、この二人の物語を90年代の大ニュースと並行して見せる点。幼女誘拐殺人から地下鉄毒ガス事件、小学児童殺傷事件など、すぐに元ネタが浮かぶいやな事件の公判シーンは大きな見所。夫婦が徐々に癒されていっても、世の中の闇は相変わらずで救いがない。
夫婦はどんな選択をするのか。つらい出来事から立ち直るため、人は何を必要とするのか。
何気ない会話が心に染み入る良質なドラマ。やや重い題材だが、映画ならではの見ごたえある人間模様を味わいたい人におすすめだ。