『マンデラの名もなき看守』65点(100点満点中)
GOODBYE BAFANA 2008年5月17日(土)より、シネカノン有楽町1丁目、渋谷シネマGAGA!他全国順次ロードショー 2007年/仏・独・ベルギー・伊・南ア合作/117分/提供・配給:ギャガ・コミュニケーションズ

ネルソン・マンデラの公式半生記

ネルソン・マンデラといえば反アパルトヘイト運動。その偉大なる指導者にして、南アフリカ初の黒人大統領にまで登りつめた男だ。『マンデラの名もなき看守』は、99年に政界引退した彼がはじめて映画化を許可した伝記もの。現在のところ唯一の、ネルソン・マンデラ公式半生記といえる。

1968年、アパルトヘイト(人種隔離政策)全盛の南アフリカ共和国。白人看守のジェームズ(ジョセフ・ファインズ)は、幼いころ黒人の子と遊んだ経験から彼らの言語「コーサ語」を理解できた。その能力を買われ、国家反逆罪で終身刑服役中の反アパルトヘイト運動指導者マンデラ(デニス・ヘイスバート)付きを命じられる。言葉のわからぬふりをしつつ、密かに黒人同士の伝令内容を聞き取り報告せよというわけだが、マンデラの人柄に直接触れた彼は、逆にその理想に心奪われていくのだった。

タイトルどおり、"マンデラの名もなき看守"とマンデラの交流・友情を軸にした構成。黒人差別が当たり前の社会にどっぷり浸かっていた白人男が、「常識を疑う」事からやがて目覚めていく姿を通しマンデラの人柄、思想の偉大さを謳う。

囚人といえど威厳を失わぬその姿は、さすが公式伝記というべきカッコ良さで、ノーベル平和賞受賞も当然との印象を受ける。演じるデニス・ヘイスバートの役作りにも気合が入っている。

息子を突然失った看守に送る心優しい手紙の文面など思わず胸が熱くなる場面もあるが、感動お涙が売りではない。ぶれない思想家としての生き様と、時代の荒波を泳ぎ切った勝者に対する畏敬の念に溢れた歴史映画だ。

マンデラ側の政党"アフリカ民族会議"(ANC)が定めた"自由憲章"を、ジェームズがこっそり見る場面がいい。これは白人にとっては絶対見てはいけない禁書中の禁書。バレたら彼と家族の運命は一巻の終わり。それでもマンデラを理解したくて見ようとする。スリル溢れる名場面だ。

注目すべきは黒人を差別する側の現政府が、なぜかマンデラだけは厚遇して人々から隔離した事実。右翼過激派による暗殺を防ぐため(カリスマであるマンデラが殉死したら、その後の黒人たちの怒りをコントロールできないと考えた)とされる。一見矛盾のようだがきわめて合理的という、政治の本質を表した流れといえるだろう。

そして本作最大の見所は、真の主人公たるジェームズが、ある事件を境にそれまでと逆の立場に追いやられてしまう場面。差別社会には人々が安寧としていられる場所などなく、いつなんどき被差別側にまわされるかわからないですよと、強烈なメッセージを伝えてくる。

差別問題やネルソンマンデラに興味ある人にお勧めの、教訓的で見ごたえある一品だ。



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