『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』10点(100点満点中)
2008年5月10日(土)より、ロードショー 2008年/日本/カラー/118分/配給:東宝

黒澤明の名作を、長澤まさみ&ジャニーズ松本潤主演でリメイク

『隠し砦の三悪人』は黒澤明監督がのこした数々の傑作の中でも、特に「ファンに愛されている」作品ではないか。そんな、一定の年齢以上の日本人にとって大切な宝物のような映画作品のリメイクに、樋口真嗣(ひぐちしんじ)監督は『THE LAST PRINCESS』(ざ・らすとぷりんせす)というイカすタイトルをつけた。そのカッコよさはまるでポケモン映画のよう。思わず涙が出る。

山の民である武蔵(松本潤)と新八(宮川大輔)は、山名国により攻め落とされた秋月国の城内で、隠し金を探すための強制労働をさせられていた。やがて作業中の爆発事故にまぎれて逃げ出した二人は、偶然にも川辺で隠し金の一部を発見、色めき立つ。ところがそれはすでに浪人・真壁六郎太(阿部寛)とその弟(後述)により発見・隠されていたもので、武蔵と新八はそれらを国境の向こうへかつぎだす手伝いをさせられる。

隠し金は薪に偽装されているが、真壁の弟に偽装されているのは実は秋月国の生き残りの雪姫(長澤まさみ)。真壁は彼女と金を守り、秋月の復興を託された最後の家臣である。彼らが、欲にまみれた二人の平民を騙しすかして協力させ、友好国へ脱出を試みるのが基本ストーリーとなる。

このプロットが、ご存知ジョージ・ルーカスによってスターウォーズに採用された話は有名で、このリメイク版ではその逸話を意識してか、敵の侍大将の衣装がダースベーダーそっくりだったりする。

前半はオリジナル版を踏襲した展開に、樋口真嗣監督らしい特撮の見せ場が加わり「お、こりゃ案外いけるかも」と期待させる。とくに阿部寛が、まるで原版の三船敏郎本人かと思わせるような鋭い眼光を見せ期待にこたえる。

長澤まさみも、これまでのぶりっ子演技とお姫様笑顔をかなぐり捨て、男勝りの迫力ある役作り。勝気な雪姫役が似合っている。オリジナルで雪姫を演じた上原美佐の演技は、ちょいと突飛過ぎて現代の映画で再現するのは難しいから、この程度の味付けで十分だろう。

問題は、二人にパシリのようにこき使われるはずだった百姓二人だ。このうち一人をジャニーズの松本潤に演じさせ、主役とするという大きなコンセプト変更がこのリメイク版ではなされている。

それに伴い後半の展開も大きく変更され、驚くべきことに長澤ラストプリンセスと松本による、姫と庶民の逃避行ラブロマンスへと向かっていく。

この時点でオールドファンは仰天し、朝っぱらから映画館にやってきたことを激しく後悔することになろう。別にジャニーズと長澤がラブラブになるのはかまわないが、頼むからクロサワ映画以外の、よそでやってくれという心の叫びはもっともである。

レイア姫とハンソロの恋愛は米国のアレンジだから許されることで、日本ではありえない。

そもそもなぜ『隠し砦の三悪人』が時代を超えてこの国の人々に愛されているのか。それは、この映画には古くから人々が無意識のうちに共有する、日本人特有の美徳が描かれているからだ。

それは、姫のためなら命も捨てる侍の"忠心"であり"尊敬の念"。そこには超えられぬ身分の壁があるが、それは世の秩序を保つため数千年かけて築いた民族の知恵であるから、侍は心から礼をもって接する。日本人はアメリカ人に比べ、分相応という考え方を好む。

庶民にしてもそれは同じで、そうした一見差別的にも見える世の中の仕組みの中で、ひがむことなく自分たちなりの幸せを追求し、したたかに生きてきた。

ところがこの映画はどうだろう。その庶民(山の民)があろうことか一国の姫に「ユキ、俺と逃げよう」などと(なんと呼び捨てで!)言っている。このぶしつけさときたらない。

現代でさえ、眞子さまや佳子さまにいち民間人が同じセリフをはけるだろうか? とてもじゃないがおそれおおい、という感覚を持つのが普通だろう。それが日本人独特の高貴なる存在に対する意識、というものだ。

別に爆弾を派手にぶっ放そうが、VFXを多用しようがかまわない。もともと時代考証にこだわった作品ではないので問題にはならない。だが、この作品が愛され続ける理由、その普遍性を覆すような変更は受け入れがたい。登場人物が無言で伝えてくれた、日本人のつつましい心をいともたやすくぶち壊すこの一言。そんなセリフを臆面もなく台本に書けるセンス。

このとき私は、新「隠し砦の三悪人」は完全に終わったな、とはっきり感じた。

樋口真嗣監督は今の邦画界で自分のような存在が受け入れられていることについて、予算面はともかく、精神面ではリッチなものを感じていると語っている。

『ローレライ』(2005)、『日本沈没』(2006)に続いて『隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS』のような映画を作っても、危機感どころかリッチな心を持てるとは、日本の映画界というのもじつに懐が深い。



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