『4ヶ月、3週と2日』60点(100点満点中)
4 luni, 3 saptamani si 2 zi 2008年3月1日より銀座テアトルシネマほか全国ロードショー 2007年/ルーマニア/113分/配給:コムストック・グループ 配給協力:ツイン、マジックアワー

友人の違法な人工妊娠中絶につきあう女子大生の一日

ルームメイトの中絶手術を手助けする女子大生の、長い一日を描いた『4ヶ月、3週と2日』は、ルーマニア映画として初めてカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞した。

1987年のルーマニア。大学生オティリア(アナマリア・マリンカ)は、同室のガビツァ(ローラ・ヴァシリウ)の中絶手術を手伝うべく、二人で準備をしていた。恋人から金を借り、安ホテルに向かったオティリアは、予約したはずの部屋が取れておらず狼狽する。しかも体調不良のガビツァからは、手術を頼んだモグリの医者を代わりに迎えにいってくれと頼まれる。オティリアにとって、想像以上につらく苦しい一日が始まった。

中絶する本人ではなく、友達として彼女の世話をする女の子の物語。彼女が、本人以上に苦しい思いをするのはなぜなのか。どうしてそこまで尽くすのか。そもそも妊娠させた相手は誰なのか。なぜ出産ではなく、怪しげなヤミ医者で中絶するのか。

カンヌで評価されるような作品だから、こうした細部はほとんど説明不足、いや皆無のまま話は進む。よって話の背景について、ある程度の予備知識を得てから出かけたほうがよい。

そんなわけで、事前に知っておいたほうがよい重要な点のみ解説する。

まず作品の舞台となる1987年というと、独裁者チャウシェスク大統領が数年後に失脚、処刑される政権末期。

共産主義の理想のため、この大統領(と夫人のエレナ)がとった様々な施策は、しかし庶民の現実について不理解で、もはや破綻寸前の状況に陥っていた。

たとえばあらゆる物資をギリギリまで輸出にまわして国民に耐乏生活を強いたため、国内経済はボロボロ。映画を見る際にぜひ確認してほしいのだが、街灯はほとんどついておらず、車もあまり走っていない。日本では同じころバブル景気を謳歌していたことを思えば、その差には愕然とするはずだ。

ヒロインが無賃乗車したバスの中で、車掌が切符を確認しにきたのをみて、あわてて見ず知らずの人にチケットを分けてくれるよう頼むなど、興味深い場面もみることができる。

また、彼女がケントなる銘柄のタバコにこだわるのも、それが下手な現金より貴重品で、あらゆる取引に力を発揮するからに他ならない。

次に中絶についてだが、チャウシェスク政権は労働力確保のため、最終的には避妊も中絶も禁止した。オティリアが劇中、セックスする場面があるが、事後に一目散にバスルームに向かったのは、相手の精液をシャワーで流すため。そんなの意味ないだろといいたくもなろうが、なにしろ避妊が違法な時代。(表向きには)コンドームもピルも売られていないのだから仕方がない。

こうした無茶苦茶な政策が、この作品の背景にはある。そもそも、国が貧乏なまま子供が続々生まれたらどうなるか。ストリートチルドレン、すなわち捨て子の大量発生(これは"チャウシェスクの子供たち"と呼ばれた)や、この映画に出てくるような違法中絶の蔓延(およびそれに伴う母体の事故死)である。

中絶手術の場面は、この上なく生々しい。日本ですら妊娠22週を過ぎると人工妊娠中絶は禁止となるが、タイトルからガビツァの手術週を想像していただきたい。私は同時期の胎児の死体標本を見たことがあるが、もはや顔も体も判別できる完全な人間である。

胎児の処理について、医者が「決して埋めずにゴミ捨て場に捨てろ」というが、これもいやな話だ。ルーマニアは野犬王国だから、埋めたら掘り起こして食われてしまうよ、という意味が含まれている。本作を注意して見ると、野良犬が画面の端っこを歩いているショットをいくつか見つけることができるだろう。

映画としては、ワンシーンワンカット、手持ちカメラの長まわし中心という、低予算ながら凝った作り。会話劇はフレームの外でも平気で行われる。

カメラが動くたびに全スタッフがその死角を必死に移動していることを想像すれば、撮影の苦労が伺えるだろう。そうやって、この臨場感ある日常風景は作られたのだ。まさに、通好みの映画といえる。

また、ルーマニアの監督が、かつての自国の独裁政権時代を冷静な視点で描いたあたりも、カンヌで評価されたポイントだろう。

そう考えれば優れた作品であることは疑いない。……が、主題も主張も個人的にはあまり心に響かなかったというのが正直なところ。これを見る皆さんが、そうでなければ良いのだが。



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