『ファーストフード・ネイション』80点(100点満点中)
Fast Food Nation 2008年2月26日、ユーロスペース他、全国順次ロードショー 2006年/アメリカ、イギリス/108分/配給:トランスフォーマー 宣伝・配給協力:ザジフィルムズ

ダイエットに最適な映画

ハンバーガーやフライドポテトが大好きなお子さん、もしくはメタボ気味の旦那様をもつ奥さんは、迷わずこの映画に連れて行くとよい。これを見終わってもまだ食べたいというならば、それはもはや病気だ。

大手バーガーチェーンのある幹部は、パテから大腸菌が検出された件で、自社の食肉加工工場に調査にやってきた。愛想よく案内された工場の様子からは、雑菌が混入する余地はあまりないように思える。だが、周辺で聞き込みを続けるうち、その恐るべき実態が明らかになってくる。

脚本も書いているエリック・シュローサーの原作『ファストフードが世界を食いつくす』はとんでもない本で、私はかつてこれを読んだせいで大手バーガーショップでの食事に、かなりの抵抗を感じるようになってしまった。

ノンフィクションであるその内容を、劇映画として構成したのが本作。企業名を名指しする原作と違い、あくまで架空の企業となっているが、にわかには信じがたい実態が赤裸々に描かれている。

たとえば、不法移民を奴隷のように使う食肉工場。一家でやってきた移民らは、若い奥さんが工場長に体を売って、仕事を得ることも日常茶飯事。しかもその仕事は、驚くほど薄給で危険なものだ。男たちはミンチ機械に腕をもっていかれる危険と常に隣り合わせで、女たちは悪臭漂う生肉の解体作業に黙々と従事する。ここにいるのは、世界最大の外食産業たるファストフード業界の中でも、間違いなく最底辺に位置する人々だ。

そこからかなり上に登ったところに、各店舗で働くアルバイト店員がいる。さらにさらに雲の上に、本社のエリート幹部社員らがいる。この労働ピラミッドの各階層間は完全に断絶しており、もはや同じ会社で仕事をするものとは思えぬ様相を呈している。

この映画が突きつける現実のひとつがこれ。労働者がさらに下の労働者を食い物にし、互いに対立する構図。自由競争の美名のもとに作り上げられた、現代の奴隷制度である。持たざる者同士の連帯が今ほど必要な時代はないのに、それがうまくいかないのは、この巧妙なシステムがいかに効果的に機能しているかを物語っている。

次に、もうひとつのテーマである「食の安全性」だが、こちらは少々焦点が定まらぬ。これに関してファストフードが抱える問題点とは、大量生産と安価な提供を可能にするために、どうしてもそれを犠牲にせざるを得ないというものだ。

だがこれを見ると、ファストフードというより、肉食それじたいが嫌になってくる。それはそれで一つの考え方だが、この映画の本来のテーマとは微妙にずれている。

映画の最後、とくに普段都市部で暮らす観客は、食に対する価値観が揺らぐであろう驚愕映像を目にすることになる。しかし私はこのシーンをみて、これこそ10代のための教育教材にすべきだとさえ思った。安い食品、安い外食を求めることがどういう結果を招くのか。そろそろ私たちは気づかねばならない。安さを追求する"消費者の正義"は、こと食べ物に関してはまったく当てはまらないという事を、若い人にはぜひ知ってほしい。

最後に、撮影に協力した食肉工場の人々の勇気を称えて、本記事を終えたい。『ファーストフード・ネイション』は、いま、絶対に見るべき映画のひとつである。



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