『母べえ』30点(100点満点中)
2008年1月26日、丸の内ピカデリー2系ほか全国松竹東急系にてロードショー 2008年/日本/2時間12分/配給:松竹

山田洋次監督の激しい感情に役者がついていけず

全精力を注いだ時代劇「武士の一分」が、そのできばえの良さとキムタク主演の相乗効果で大ヒットした山田洋次監督。彼が次に選んだのは、反戦人情ドラマ『母べえ』だった。これは黒澤明作品の常連スタッフで知られる、野上佳代の自伝的小説を映画化したものだ。

昭和15年、東京。野上佳代(吉永小百合)は夫・滋(坂東三津五郎)と幼い娘二人とで幸せに暮らしていた。ところがある日、文学者で反戦主義者の滋が特高により逮捕。収監されても信念を曲げなかったため、一家にとって予想もしなかった長き悲劇の日々がはじまる。それでも滋の教え子の山崎(浅野忠信)らに支えられ、佳代は激動の時代を生き続ける。

私は今回、あまりにも感情的な山田監督の新作の姿に驚かされた。しかも彼は、この作品にこめた激しい感情を隠そうともしていない。

ことによると山田洋次監督にとって、自らの思想をこれほど単刀直入に言い表せる題材は、これまでなかったのかもしれない。となれば、同じく反戦平和主義者で知られる吉永小百合を主演に据えたのは、もはや必然といえるだろう。

この、日本映画史に燦然と輝く宝石のような映画女優は、しかしこの役を演じるには無理がある。

吉永小百合がいい女優であることと、おそらく日本一美しい62歳であることは私も認める。しかし、だからといって9歳の娘がいる母親の役を与えてよいものか。おまけに、浅野忠信(34歳)から恋されるヒロインときた。海岸を走り、海に飛び込み人命救助するアクションシーンまで必死にこなしているのを見ると、さすがに気の毒になってくる。本人も気にしているようだし、もっと相応の役を任せるべきだ。

彼女に限らず、この映画の役者はみな上手に仕事をこなしているが、山田監督のほとばしる感情のオーラが激しすぎて、それについていけていない印象だ。芝居が上品過ぎる、というべきか。

監督の、戦争や旧日本軍に対する、ほとんど恨みのような否定の思念はすさまじく、出征シーンに赤ん坊のビー泣きの声をかぶせるなど、素人目にもわかる左翼プロパガンダ的演出の数々には驚かされる。前監督作「武士の一分」で見せた腰の重さはどこへいってしまったのか。

彼が得意とする人情ホームドラマ的なユーモアは健在だが、それとこの激しい感情の高ぶりの落差は最後まで埋められることがなく、こちらの違和感も解消されぬまま終わってしまった。



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