『ボーン・アルティメイタム』85点(100点満点中)
The Bourne Ultimatum 2007年11月10日、日劇1ほか全国ロードショー 2007年/アメリカ/115分/配給:東宝東和
このスパイ、速すぎ&強すぎ
『ボーン・アイデンティティー』(2002)『ボーン・スプレマシー』(2004)に続く三部作の完結編。ものわすれの激しい超人スパイが活躍する、ロバート・ラドラムのベストセラーの実写化だ。
さて、その主人公ジェイソン・ボーン(マット・デイモン)は、いよいよ失った記憶を取り戻しつつある。しかし、この職業にリクルートした理由やその前の人生について、なにより本名など肝心の部分がいまだ思い出せない。殺し屋として多くの人を殺めてしまった罪の意識にさいなまれ、恋人の命を奪われる苦しみにも耐えながら、彼は自分探しの旅の終着点へとやってくる。
このシリーズはリアリティを感じさせる瞬殺の格闘シーンや、手近なものをなんでも武器にしてしまう主人公のもったいない精神が大きな魅力。この三作目ものっけからノンストップでスペクタクルの雨あられ。しかもその出来たるや、傑作だった1作目、2作目に勝るとも劣らない。三部作通してこれだけのハイテンションを維持したシリーズはあまりない。
短いカットを畳み掛けるようにつないでいく、ポール・グリーングラス監督の演出も冴え渡る。現代の映画では最高レベルのスピード感あふれる格闘場面は、何気なくコマ落としのようにつないでいるように見えて、しかし細かい工夫がなされている。
たとえば狭いバスルームで殺し屋とボーンが戦う場面。殺し屋がカミソリを拾い、それを見てボーンが防御のためタオルを取るといった、その一連の動きはあまりに早すぎてまったく見ることが出来ない。いつの間にか二人の手にそれがあるといった感じである。
続けて、これまたまったく"見えない"爆速の攻防戦が繰り広げられるのだが、途中でチリーンと殺し屋がカミソリを取り落とす音を、監督はわざと目立つように入れることで、私たち観客に戦いの経過を"見せて"しまう。
この音ひとつのおかげで、あたかもボーンの超人的なスピードに我々もついていっているような気になり、大いに快感を得られる。こうした工夫は随所にみられ、この作品がいかに高度な計算に基づいた優秀なエンタテイメントかがよくわかる。
エシュロン(※)を駆使する当局から逃亡するという大筋がありながら、各々の見せ場を「逃げるボーン」一色にしないあたりもそうだ。あるときは王道の逃亡劇、あるときは味方記者を敵から逃がすため、携帯電話で離れた場所から指示を与える。そしてときには女を助けるため、彼女を追跡する殺し屋を追う側にまわるのだ。(※…実在する全世界盗聴システム)
しかもその一つ一つは複合的な要素で構成され(たとえば殺し屋を追うボーンを、さらに地元の警察が追っているという二重構造)、さらに中途で二つの要素を合体させたりなど、単調な部分は一秒もない。アクションシーンのバックにはモロッコなどロケ地の美しい風景が広がっており、目の保養にもなる。
私最大のおすすめは終盤のカーチェイス。何が凄いかって、これを見ていると「ああ、いよいよボーンの物語も終わるのだ。奴はもう後のことなど考えておらず、ここで決めるつもりだ」という、主人公の悲壮感のようなものがバシバシ伝わってくるのだ。文字通り満身創痍、ズタボロになりながら、それでも彼は前に進む。ここまで"物語と感情"を感じさせるカーチェイスを、私は近年見たことがない。
ほかにも言いたいことはあるが、何はともあれこれは絶対映画館で見てもらわないといけない。人気シリーズの最後として、これ以上ないほどよく出来たフィナーレを飾ってくれた。