『タロットカード殺人事件』70点(100点満点中)
Scoop 2007年10月27日、シャンテ・シネ、Bunkamuraル・シネマ他にてロードショー 2006年/アメリカ、イギリス/96分/配給:ワイズポリシー

このくらいで十分と思わせる良質なミステリ映画

最近のウディ・アレン映画は、面白いか否かより、ほとんど好きか嫌いかで評されるようなところがあったが、『タロットカード殺人事件』は久々に"面白い"一本であった。

休暇でロンドンに来ているアメリカ人の女子大生サンドラ(スカーレット・ヨハンソン)は、たまたま鑑賞した手品ショーで老マジシャンのシド(ウディ・アレン)から舞台上に呼ばれ、人体消失マジックのモデルにさせられる。巨大な箱に入れられたサンドラは、しかしそこでなぜか先日急死した有名記者の幽霊と遭遇、いま巷を騒がせている"タロットカード連続殺人事件"の犯人の名を告げられる。その後、なりゆきでシドと独自の捜査を始めることになった彼女は、幽霊が告げた犯人である若き貴族ピーター(ヒュー・ジャックマン)に、高貴な身分を装って近づくが……。

主要な登場人物はたった3人というシンプルさ。大それたどんでん返しはないが、得意のユダヤ人ネタをからめたユーモア溢れる大量の会話、途切れぬスリル、そしてひねりのあるオチと、よくまとまった作品だ。時折出てくる幽霊がヒントをくれるなど遊び心も満載。ミステリは大人の遊戯だということを、この監督が心底理解していることがよくわかり、見ていて気持ちがいい。

舞台が英国ということもあってか、なんと犯人は上流階級の貴族。アレン&ヨハンソンの素人探偵二人組みは、しかし敏腕記者の幽霊からの情報でそこまでは知っている。あとは尻尾をつかむだけとばかりに彼に近づいたはいいが、なんと言っても二人とも実際はプロレタリアートそのものであるから、話題ひとつとっても貴族とかみ合わない。そこで観客は、二人の正体がいつばれてしまうのかとハラハラするというわけだ。特に、アレン演じるシドのテキトーさときたら、お前が一番あぶねーよと突っ込みたくなることうけあい。

こんな小さなハラハラドキドキ、小技だけで最後まで引っ張ってしまうのだからこの監督の映画作りは奥が深い。彼の熟練したテクニックは、速球投手が歳をとって変化球ピッチャーに転向したような、つまりは何でもできる器用さを思わせる。

ウディ・アレンが3作続けて主演女優に選んだスカーレット・ヨハンソンもじつにいい。よほど気に入ったのか、本作でも狙ったようにセクシーなショットを用意している。それはプールサイドで"犯人"の気を引くシーンでのことだが、ここでスカーレットが着る水着は臙脂色のワンピース。上品だが、彼女のあの体型(ご存じない方はぜひ劇場でご確認を)を考えたらえらくスケベなチョイスだ。この監督も、70を過ぎていまだこれだけのエロ心健在というのだから恐れ入る。

40を過ぎた大人の観客が、ぶらりと映画館に立ち寄って見られる質の高いミステリ映画として、『タロットカード殺人事件』はオススメの一品だ。ほどほどに知的な会話の遊びを堪能し、腹八分目程度の心地よい満足感を得て、劇場を後にすることができるだろう。



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