『ストレンヂア -無皇刃譚-』70点(100点満点中)
2007年9月29日、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー 2007年/日本映画/カラー/102分/配給:松竹

シナリオは平凡だが、演出には光るものあり

劇場用アニメーションにおける時代劇アクションは、まだまだ開拓の余地があるジャンルの一つだ。少なくとも、ファンタジーやロボット、近未来ものに比べたら、ただそれだけで新鮮さを感じさせるだけの鮮度がある。『ストレンヂア -無皇刃譚-』を制作したアニメ会社のボンズは、そのあたりを重々理解したうえで、自分たちの作風をしっかりとこの個性的な映画に反映させた。

ときは戦乱の世。中国大陸から一人の孤児、仔太郎(声:知念侑李)がある禅僧に連れられ日本にやってきた。同時に、仔太郎に隠されたある秘密を求め、明国の軍団も追ってきた。彼らと利害の一致を見た赤池城領主による連合軍に追われる途中、仔太郎はなぜか刀を抜かない凄腕の剣士(声:長瀬智也)と出会い、彼を用心棒に雇うのだった。

無理に大風呂敷を広げぬ堅実な脚本のおかげで、荒唐無稽な要素を組み込みながらもぎりぎりのリアリティを維持することに成功した。命の価値が安かった時代を舞台とし、様式美的なチャンバラではない、血しぶき吹き出る実践的な戦闘シーンを組み込むことで、子供であろうと主人公であろうといつ死ぬかわからぬ緊迫感を生み出している。

中国大陸からやってきた明軍団は、少数ながらなにやら怪しげなドーピングを行っているので、現実レベルを超えた強さを誇る。そんなものが実際にいたら、ヘタレな現代人は尻尾を巻いて逃げてしまいそうだが、劇中彼らと対峙する屈強な戦国武士たちはまるで引かず、自分らの信じる戦法で堂々と戦い、ダメージを与えていく。このあたりはじつに見ごたえがある。そして、重要な敵であろうと決して無敵にしなかったあたりが、この映画のバランスのよいところだ。キャラクターの安易なムテキ化は観客を興ざめさせる。とくにこの映画の場合、それをやっていたら敵側の最終目的の必然性を完全に失うところだった。

キャラクターの立て方もうまい。やたらと周りに反発する主人公少年は子供らしくて魅力があるし、名無しの用心棒とほほえましいやり取りをしていくうちに徐々に心を開く展開も、定番ドラマらしい安定感がある。少年の愛犬の性格も、客が好むツボを押さえている。おまえは忍者犬かと思うような大活躍を見せるあたりも痛快だ。

そして何より敵軍最強の剣士、羅浪。ひとりナチュラルパワーにこだわり、決して組織に束縛されぬ男。集団の論理より一人の剣士としての信念で動く、もっとも恐ろしい敵だ。山寺宏一の渋い声も合わせ、ハードボイルドを地でいく最高にカッコいいキャラクターで、クライマックスの名無しとの対決は、まさに両方応援状態。

このバトルにおけるアクションは大いに見ごたえがある。舞台が塔のため縦方向の動きが加わり、単調になりがちな剣アクションに奥行きが出ている。また、雪煙が舞い上がり、その中から相手の必死の形相が浮かび上がるなど、凝りにこった映像演出も多々見られる。中国風の動きで迫る羅浪に対し、戦国剣道で戦う異種格闘技風の趣向も面白い。

またこの映画は、あらゆる面に「間接的な表現」が試みられており、センスのよさを感じさせる。たとえば誰かに止めを刺すにしても、その瞬間は見せずに客に伝えようとする。新しい表現に挑戦するための工夫とアイデアをひねった跡がしっかりと見える点が好ましい。それに対してシンプルな音楽が、逆にぴったりくる。

無理に大作になろうとせず、こじんまりとまとめた中に、いくつかのチャレンジを盛り込んだ中規模なアニメ映画として、『ストレンヂア -無皇刃譚-』はなかなかのオススメだ。これを次なるベーシックラインとして、より進んだ時代劇アニメが生まれてくることを期待したい。



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