『題名のない子守唄』85点(100点満点中)
La Sconosciuta 2007年9月15日、シネスイッチ銀座、新宿バルト9ほか全国順次公開 2006年イタリア映画/121分/提供・配給:ハピネット/宣伝:ザジフィルムズ

衝撃的なオープニングと至福のラスト

『ニュー・シネマ・パラダイス』(89年、伊/仏)は、公開当時都内のミニシアターで驚異的な長期間上映が行われ、単館系の作品としては例外的な大ヒットを記録した。その名監督ジュゼッペ・トルナトーレによる、本格的なミステリードラマがこの『題名のない子守唄』。邦題を見て、どうせテレ朝の長寿番組にあやかった流行のクラシック音楽映画だろと考えていた私は、あやうくこの傑作を見逃すところであった。

舞台は北イタリア。ウクライナからやってきたイレーナ(クセニア・ラパポルト)は、なぜかある金細工工房の向かいのアパートに入居を決める。しかも彼女は工房の経営者の家政婦に立候補し、その一家に深くかかわっていくのだった。

冒頭、ショッキングな場面から映画は始まる(よって途中入場は厳禁ですぞ)。すぐにシーンが変わってイレーナの物語がはじまるが、その相関関係は最後まで明らかにならない。エロティックで思わせぶりなカットバックなど、随所にはさまれた凝った映像や演出を楽しみながら、観客は謎だらけのヒロインのストーリーを少しずつ理解していく。

彼女はいったい誰なのか。なぜこの町に来たのか。どうしてこのアパートを選んだのか。おそらく恐ろしい過去を持つのであろうと予感しつつ、脳内でパズルのピースをひとつひとつ組み立てていく、見ごたえ抜群のミステリーだ。

だがおそらく最後まで見て、なにか釈然としないものが残る人も多いだろう。それは本作が結末のビックリや、ストレートな感動ドラマを目的としていないからだが、監督が描こうとしたテーマは決して悪いものではない。

それは本作の魅力と同義でもあるが、平たく言えば「救いようがない愚か者にも訪れる一筋の希望」というものだ。この映画に登場する、「取り返しのつかない事をやったバカな人間」は、しかし一言でそう言い切れないだけの魅力と優しさを持っている。そしてそれを象徴する善行を行っていることが、劇中でチラと描かれている。

いうまでもなく「サイン」にかかわるあの出来事なわけだが、ジュゼッペ・トルナトーレ監督のいいところは、それを結局最後まで具体的には説明しない点だ。最初に少女が受け取ったであろう誕生日プレゼントへの言及で間接的に明かされているが、同時にそれがラストシーンのその後を想像させ、観客を暖かい気持ちにさせる効果を生んでいるあたりが泣ける。

音楽はこの監督の作品ではおなじみのエンニオ・モリコーネによるもの。心に響く旋律が、大いに映画を盛り立てる。

『題名のない子守唄』は、細部に少々漫画的な要素を含むため、リアリティ重視の方には向かないかもしれないが、監督の演出技法が大いに生かされたセンスのいい映画作品であり、感情を揺さぶる上質なドラマを求めている方にぜひおすすめしたい。終わったあとにじわじわと感動が押し寄せる、心地よい体験を味わえるはずだ。



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