『トランシルヴァニア』40点(100点満点中)
TranSylvania 2007年8月11日(土)、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 2006年/フランス/102分/配給:日本スカイウェイ

不思議な土地で癒される女の物語

ロマ(ジプシー)をテーマに映画を撮り続けてきたトニー・ガトリフ監督の最新作『トランシルヴァニア』は、あたかもドキュメンタリーのようでありながら、精密にコントロールされた脚本があるようにも見える、不思議な一本だ。

突然失踪した婚約者を追い、親友のマリー(アミラ・カサール)とトランシルヴァニアにやってきたジンガリナ(アーシア・アルジェント)。しかし、ようやく見つけた婚約者の男はすっかり変貌しており、ジンガリナは自分がとっくに捨てられていたことを知る。彼の子供を身ごもっていたジンガリナは、マリーの心配をよそにトランシルヴァニアの奥深くへ一人あて無き旅に出る。

ヒロインは、傷心のまま旅をしながらこの土地の不思議な風景と風習にもまれていく。ここに連れてきてくれたマリーから、やがて名も知らぬストリートチルドレンの少女、そして道端で出会った気のいい男チャンガロ(ビロル・ユーネル)へと、まるでバトンがわたるように重要な人々の助けを受けながら、やがて彼女は再生していく。

演じるアーシア・アルジェントは、ロマの血を引くというだけあって、驚くほどトランシルヴァニアの風景になじんでいる。独特の存在感と、最後に見せるすばらしい表情は、見るものに強い印象を残すだろう。

トニー・ガトリフ監督は、彼女をはじめとするキャストに台本は渡さず、直前に簡単なシーンの説明だけするというやり方で、本作を演出した。その甲斐あってか登場人物がロマの風習(たとえば牛乳を頭からかぶる悪魔ばらいの儀式や、さまざまな種類のダンスなど)に接する様子はとても自然。冒頭、ドキュメンタリーのようだと書いたのはそういう意味だ。

しかし、劇中に隠された幾多の象徴的な要素、たとえば思わせぶりに登場する踏み切りの遮断機やヒロインの描く模様、熊のぬいぐるみなどの意味を考えていくと、よく計算された映画としての体裁も持っているなと感じる。

また、演出意図が一見不明瞭な男女のすれ違いなど、人々の感情や行動が両極端に振れるようなシーンが本作には多々見受けられるが、これはまるで舞台、そしてタイトルとなったトランシルヴァニアのようだ。

ルーマニアの中に位置するこの地域は、3方を山脈に囲まれ物理的には閉じた地形ながら、その文化は外に開かれ多種多様。宗教も人種も多岐にわたる。チャウシェスクの独裁政治の成れの果てのような荒れた建築物が見えたかと思えば、息を呑むような美しい自然に出会えたりする。この映画は、コントラスト豊かなこの土地のそうした特徴を堪能できる。

示唆に富んだ内容は、私自身トランシルヴァニアやロマについての素養を十分に持ち合わせていないせいで、すべて理解できたとは思えない。やはり多くの日本人にとって間口の狭い作品とは思う。ただ、未知なるものを登場人物と共に体験する興味と、なにより後味のよさは魅力的といえる。



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