『レミーのおいしいレストラン』85点(100点満点中)
Ratatouille 2007年7月28日、日劇3系公開 2007年/アメリカ/カラー/90分/配給:ブエナビスタ

もっとも重視する"物語"を、圧倒的な技術力で支えるピクサーらしい作品

ディズニーの完全子会社となったピクサー・アニメーション・スタジオ最新作『レミーのおいしいレストラン』の主人公レミーはネズミであり、あろうことか親会社のメインキャラクター、ミッキーマウスと完全にかぶっている。

美味しいものが大好きで、天才的な料理の腕前を持つドブネズミのレミー(声:パットン・オズワルト)。彼は、いつかシェフとして腕を振るってみたいと夢見ながら、今は亡き有名シェフ、グストーの料理本を愛読している。一方、そのグストーの店の新米料理人リングイニ(声:ルー・ロマノ)には、まったく料理のセンスがない。あるとき、リングイニの失態で店の大事なスープが台無しになってしまうが、レミーは簡単にもとの味へと修復してしまう。それを偶然見てしまったリングイニは、レミーに力を貸してくれと頼む。

料理の天才であるネズミと、料理の才能ゼロの人間。ネズミはシェフとして人々においしい料理を食べさせたい、そして今はゴミ係の人間は、なんとか一人前の料理人として認められたい。二人は互いの夢をかなえるため、タッグを組む。そんなお話だ。

厨房でもっとも嫌われる不衛生の象徴ともいうべきドブネズミがなんと料理を作る。しかも本職の人間よりずっと上手で、ネズミの指示で動くことによりその若者はパリの料理界で目覚しい出世を遂げる。その猛烈な意外性が私たちの目を引く。これは面白そうだと誰もが思う。毎度のことながら、ピクサーの目の付け所はうまい。

しかし、それだけでは決して終わらず、そのアイデアを徹底的に煮詰めていくところがこの会社の非凡なところ。たとえば彼らが作る映画の重要な特徴として、メインキャラクターをすこぶる魅力的に作り上げるというのがあげられる。

きれい好きで人間社会に憧れるネズミのレミーや、能力以上の出世にやがて罪悪感を感じていくリングイニなど、本作のそれもみな人間味たっぷりだ。リングイニはもともと人間だが。

個性的な脇役の存在も見逃せない。ヒロインのコレットはリングイニの同僚(先輩)で、男社会の中、有能なのに芽が出ずくすぶっている女性シェフ。その他、人間界に近づきすぎる息子を心配する優しい父ネズミや、ゴミでも何でも食べてしまう能天気さで心癒される弟など、ドラマを構成するキャラクター配置がとにかく巧みなのだ。

たとえネズミや車が主人公でも、そこに反映されているのは複雑な現実社会であり、人間の感情そのもの。小さい子供たちがみるアニメであっても、ここを手抜きしたら絶対に傑作は生まれないが、作る側としては非常にしんどい仕事になる。だが、ピクサーは決してこの点を妥協しない。そして、こうした味わい深さがあるからこそ、彼らの作品は大人も楽しめる。

脚本もよく練られている。レミーとリングイニの、パリ料理界なぐりこみ大作戦的な成功物語が軸になるが、彼らの秘密に気づきつつある怖い料理長との駆け引きや、グストーを死に追いやった恐るべき毒舌料理評論家との戦いなど、興味を引く主題がいくつも組み合っていて飽きさせない。笑って楽しんで最後にぐっとこさせる定番の流れもイヤミがない。

そうした物語面を支える技術力もきわめて高い。臨場感あるカメラワークはまるでネズミサイズのカメラマンが撮影しているかのようだし、CGの絵だというのに料理もうまそうだ。

まあドラえもん漫画版でのび太が食べるスパゲッティほどではないが、それでも空腹感を刺激することは間違いない。カップルにとっては『レミーのおいしいレストラン』鑑賞と高級レストランでの食事を組み合わせたデートコースは、かなり幸せになれるだろう。私くらいになれば、たとえサイゼリヤで食べていようとも、脳内で容易に高級感を補足することが可能だが、その能力を身に着けていない方は、今からボーナスを温存しておくと良かろう。

いつ見ても気持ち悪いネズ公を、ミッキーのようにマンガにすることなく、リアルな造形のままでかわいらしい主人公として成立させたデザイン上のバランス感覚も高く評価したい。最後、評論家にラタトゥーユを食わせるシーンの感動的な演出なども、アニメならではのダイナミズムにぞくぞくきた。

いまやピクサーは、アメリカでメジャーな作品を作る中では、3D-CGの良さを真に生かしたモノづくりをするほとんど唯一のアニメスタジオだ。ブラッド・バード監督は、前作『Mr.インクレディブル』はイマイチだったのだが、その心配を吹き飛ばすような、いかにもピクサーの良いところがぎっしりつまった良作を作り上げた。

これほどの出来なら、先輩のミッキーを総大将の座から追い落とすのは無理にしろ、舞浜のトゥーンタウンの片隅にアトラクションのひとつくらいは作ってもらえるだろうし、それを10年単位で維持することも可能だろう。



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