『あるスキャンダルの覚え書き』90点(100点満点中)
Notes on a Scandal 2007年6月2日、シャンテ シネほか全国順次ロードショー 2006年/イギリス/配給:20世紀フォックス

他人を支配する面白さをサスペンス仕立てに

密室殺人やアリバイトリックに縁のない、ごく普通の人々の生活の中にも、スリリングな局面というものは存在する。そんな「何も事件がおこらない」日常で、サスペンス映画を一本作ってしまった、それが『あるスキャンダルの覚え書き』だ。

舞台はロンドン郊外にある労働者階級の中学校。頑固な性格で、毒舌と世間を斜に見る態度で孤立気味だったベテラン女教師バーバラ(ジュディ・デンチ)は、新任の若き美術教師シーバ(ケイト・ブランシェット)に目をつける。豊かな家庭の幸せな妻でもあり、高い教養と素直な性格をもつシーバとなら、友情を築けると直感したのだ。

さて、ホントは友達がほしかった孤独なバーバラは、あるときシーバの不倫現場を見つけてしまう。しかも相手は15歳の教え子、場所は学園内ときた。こりゃまた羨ましいなどと思うのは私だけで、バーバラは違った。怒りと失望、そして相手の弱みを握った優越感の間で葛藤した彼女は、後者を優先させることにする。

ここからバーバラとシーバの、明確なパワーバランスを背景にした奇妙な友情ゲームが始まる。バーバラは圧倒的優位な立場を隠しつつ、親切を装って彼女を支配しようとする。やがてバーバラはシーバの家庭内にも立ち入り、口を出すようになる。そのストーカーチックな偏執的愛情からは、やがて強烈な破滅の香りが立ち上ってくる。

いやはや、これは最高に面白い。人間ならだれしも、他人を支配する面白さというものを知っているはずだが、この映画はその「危険な誘惑」を赤裸々に描いたスリラーである。

たとえば男女間の恋愛でも、相手を支配したい欲求は束縛という形で露見する。それは同時に破滅への第一歩でもあるわけだが、若い人は気づかない。いや、若くない人でもその落とし穴にはまり続け、死ぬまで豊かな人間関係を手に入れられない人もいる。それほど、愛する者を自分の宝箱に入れる誘惑というものは強く、甘い。

バーバラに感情移入し、シーバ攻略の戦術を楽しむもよし、シーバに感情移入し、ストーカーされるときのぞっとするような不気味さを味わうもよし。二人とも映画界を代表する芸達者だから、まったくその演技に隙はない。そろってアカデミー賞演技部門にノミネートされたのも納得だ。

とくにケイト・ブランシェットのバカ女ぶりがいい。美人なだけに危なっかしくて、劇中のバーバラ同様、誰もが手を差し伸べたくなる。むろん、相手役ジュディ・デンチの風格ある演技があってこそ光っているわけだが、本当にうまい。

ジュディ・デンチは、バスルームでの独白場面がすごい。独身のまま年をとった女の本音を語るのだが、彼女が演じるととてつもなくリアルに思えて怖い。

これを、同じような独身女性が見たらどう感じるのだろう。とっぴな設定もあるが、その本質はリアリティの塊みたいなものであるから、かなりキツいかもしれない。バックに流れる音楽も物語にドンピシャリで、完成度の高さを感じさせる。こいつは、この月の公開作でも1,2を争う傑作だ。



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