『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』45点(100点満点中)
2007年7月7日(土)、シネマライズ他にて全国ロードショー 2007年/日本/112分/配給:ファントム・フィルム

ヘンな一家の話に2時間ひきつけた監督の手腕は評価したい

たとえ演技力に難がある女優であっても、日本語のわからない観客からなら絶賛を受ける可能性がある。だから、海外の映画祭に狙いを定めた『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』のような映画に佐藤江梨子が主演することは、戦略的視点からみて正しい。

北陸の山間部、うだるような暑さの山村。ここで暮らす和合家の父母が同時に事故で亡くなり、東京で女優をやっている澄伽(佐藤江梨子)が戻ってきた。澄伽は才能も仕事も無いくせに、「自分は他人と違う」と思い込んでいる自意識過剰女。和合家についた彼女は、かつて自分の乱れた生活をネタにしたホラーマンガを描き発表するという、澄伽が村にいられなくなった原因を作った妹(佐津川愛美)に、案の定強烈なイジメを開始するのだった。

この映画に出てくる登場人物は、おしなべて変な人間ばかり。勘違いきわまるヒロインはもとより、彼女を観察してマンガのネタにする妹。なぜかヒロインに頭の上がらない兄と、肉体関係の無いその妻。思わせぶりな設定が冒頭から連発し、観客は興味をそそられる。

吉田大八監督はCM界出身らしいそつの無い映像美で、これらヘンな人々を生き生きと描く。この一家の人間関係は観客の想像をこえるほどドロドロしているが、常に彼らから一定の距離をとって淡々と、しかしテンポ良く描写していく。悲しい場面でも必要以上に感情移入を求めることはしないので、悲壮感は薄い。

各キャラクターは誇張されているものの、どこか回りにこういうヒトいるな、と思わせる要素を持っている。ちなみにヒロインは、映画の元となった戯曲を書いた本谷有希子本人がモデルとされる。

キャラクターのコアにそうしたリアリティを感じるから、どれほどナンセンスな展開になっても観客はついていける。このあたりの設定が、なかなか上手い。

ただ、そうしたヘンな人物、設定を使って何を描くかという点について期待すると裏切られる。ヘンなヒトたちがヘンな事をやって、それだけで終わっている印象。演劇ならばそれでも案外満足できるものだが、映画はさらなる深みを求められるものだと私は思っている。

終盤のどんでん返しにも、観客の思い込みを一気にひっくり返すほどのパワーは無い。理由としては、妹が2作目を描き始めたところを隠さなかったため、この人物に対して観客が要マーク、要注意との印象を持ってしまった点があげられる。

サトエリの演技力は、かつては壊滅的との印象しかもっていなかったが、だいぶ見られるようになった。ただ、まだ普通の役は無理だろう。キューティーハニー含め、こういうエキセントリックな役柄ならば違和感は無い。ビジュアル面のインパクトは強いから、セリフの良し悪しがわからぬ外国人にはウケるに違いない。ただ、相変わらず脱ぎっぷりは悪い。

一風変わったホラー風味のドラマを、退屈せずに見せた監督の手腕は評価したい。永作博美の演技など、不気味で心に残るトラウマ的な要素もあり、なかなか良い。とはいえ、そこから先にもう少し厚みがほしい。話題のカンヌ映画祭や映画賞なんぞとは無縁のB級ドラマだと思って見ていたら、また違ったかもしれないが。



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