『アルゼンチンババア』35点(100点満点中)
2007年3月24日(土)、全国ロードショー 2006/日本/112分/配給:松竹、キネティック

アルゼンチンババアが鈴木京香という点に無理がある

どこの町にも一人くらい、一風変わった人物が住んでいるものだ。ジャングルのような庭の奥のあばら家でひっそり暮らしていたり、ゴミ屋敷をせっせと拡大していたり、奇妙な格好をしていたり……。そしてそういう人物に地元の子供らは、たいてい変なあだ名をつけている。『アルゼンチンババア』は、そうした「変人」をモチーフに、人間の内面のもろさ、そして癒しというものの本質に迫ったドラマだ。

女子高生みつこ(堀北真希)の母が病で亡くなった。あれほど母を愛していた墓石職人の父(役所広司)はなぜか当日病室に姿を見せなかった。しかもその日以来、母の死から目をそむけるように失踪してしまう。やがて半年後、みつこは町外れの古いビルに住む、アルゼンチンババアとあだ名される奇妙な女(鈴木京香)のもとで父が暮らしていることを知り、意を決してそこに出向くのだが……。

原作者のよしもとばななは、ロシアやウクライナでも読まれている世界的な人気作家。代表作「キッチン」「TUGUMI」に続いての実写映画化となる。

『アルゼンチンババア』は、映画としてはなかなかの力作で、演技、セット、カメラなど、目に見える部分については文句のない見事な出来栄え。とくにアルゼンチンババアが住むビルなど、建物も立地も内装も独特の世界観を確立しており、このファンタジーの核として堂々たる存在感を示している。

愛する妻の死と向き合えない、心の一部が壊れてしまった哀れな中年男へ役所広司が毎度ながら見事な演技力で命を吹き込み、堀北真希はそのピュアな魅力で父を案ずる娘を演じる。

ただし、鈴木京香のアルゼンチンババアだけはいかがなものか。ババアというにはどう考えても年齢が一世代若い。年齢が若いということはこのキャラクターの持つ暗い過去、乗り越えてきた苦労というものの重みが感じにくくなるということであり、そのマイナスは大きい。じっさい、彼女からは長年の苦悩というものが感じられず、まるで昨日からこのビルに住んでいるかのように見える。それではこの女が町中から白い目で見られるほど孤独にならざるを得なかった理由に説得力が生まれない。

主軸となるはずの登場人物の演出に不足があるために、世界観に奥行きが感じられないところが、この映画最大の問題点であろう。役者たちが上手いから破綻はしてないなものの、いまいちのめり込むことが出来ないのはそれが理由だ。

このとっぴな舞台設定をどう面白く使うか、テーマを効果的に見せる為の必然としてどう位置づけるか。そこをもっと突き詰めてもらいたいと思う。いまのままではあらゆる場面で意図が不明瞭で、観客は人物に感情移入するまでにいたらない。孤独に暮らす変人のもとに癒しを求めにいく父親、という目の付け所が良かっただけに、まだまだ良くなるはずという思いが強い一本であった。



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