『カポーティ』70点(100点満点中)

他人の人生にかかわる怖さを描いた、見ごたえあるドラマ

トルーマン・カポーティという人は、ノンフィクション小説のパイオニア。彼が、1959年におきたカンザス州一家4人惨殺事件の犯人に獄中取材し書き上げた『冷血』は、大ベストセラーとなり、世間に衝撃を与えた。映画『カポーティ』は、その執筆過程を丹念に追った伝記ドラマだ。

1960年、殺人犯スミス(クリフトン・コリンズ・Jr)の存在を知った作家カポーティ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、彼が起こした事件を次回作の小説にすべく、何度も接触を試みる。彼は、親身になって話を聞いてやり、やがてスミスに心を開かせることに成功する。ところがカポーティはその裏で、彼を信頼して真実を打ち明けたスミスを裏切るような内容の小説を書いていた。

できれば題材となっているカポーティの小説『冷血』や、彼の盟友であるネル・ハーパー・リー(キャサリン・キーナー)の『アラバマ物語』について、予備知識があるといいが、無いとだめというわけではなく、基本的には誰でも(作家の取材・執筆過程に興味がある人ならば)楽しめるだろう。

カポーティが優れた作品を生み出したのは、彼の天然性というか、無邪気な悪意とでもいうべきものだと、この映画は主張する。それは逆にいえば、この天才に、人間性の面において大きな欠陥があったためあれだけの取材を敢行できた、と言い換えることもできるだろう。最後の最後まで、傑作を手にするため、偽りの涙、偽りの人生を生きる彼の姿からは、異様な迫力が伝わってくる。

その天才が、「普通の人」のような人間性を得たときどうなるか。この映画の結末は、それを衝撃的な形で提示する。ここで観客は、カポーティという人物の豊か過ぎる感受性に驚き、ショックを受ける。

『カポーティ』は、ものを書く商売、伝える商売をしている人に大きな衝撃を与える映画だ。他人の人生に踏み込むということが、どれほどの犠牲を伴うものか。これを見るとよくわかる。また、それができなければ、傑作をものにはできないのだろう。

カポーティを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンは、見事本作でアカデミー主演男優賞を受賞。声や外見を徹底的に似せた役作りは、彼ならではの不気味な存在感を生み出し、見ごたえたっぷりだ。ベネット・ミラー監督も、新鋭監督とは思えぬ重厚な演出をみせる。

天才が天才性を失う瞬間を、冷静に描ききったドラマ。『カポーティ』は、映画を見た満足感を十分与えてくれる1本だ。



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