『ハード キャンディ』70点(100点満点中)

ナンパ経験者の男性に観てほしい

『ハード キャンディ』は、全世界の男性にとって猛烈に恐ろしい映画だ。低予算で作られてはいるが、安っぽさは微塵も感じさせず、その面白さは100億円クラスの超大作をはるかに上回る。とくに、合コンやら出会い系やらで、女の子と遊んだ経験のある男性ならば、グイグイと引き込まれてしまうに違いない。

主人公はカメラマンの30代男性(パトリック・ウィルソン)。彼の趣味は、出会い系サイトで少女を引っ掛けること。今日も見事14歳とアポとりに成功、しかも、面接してみたらこれがなかなかの美少女(エレン・ペイジ)、おまけに頭の弱そうなガキだから楽勝だ。適当に誉めそやし、口車に乗せ、見事自宅に連れ込む彼。少女は年の割になかなか乗り気で、SMプレイなんかもいける口らしい。ところが、緊縛プレイに付き合って、テーブルに縛り付けられた彼の股間=タマに、少女はなぜか氷パックを押し付ける。そしてハサミを取り出し言うのだ。「さあ、手術をはじめるわよ」

ナンパ男の悲劇、というやつである。なぜ彼は、こんな目にあわなければならないのか。

たった2人しか出てこない映画なのに、これだけスリリングなドラマを作り出すのだからこの新人監督は凄い。やはり、優れたアイデアは製作費に勝る。

男が少女を引っ掛け、口八丁手八丁で自宅に連れ込むまでの様子が面白い。メッセンジャーチャットによるアポ取り、初対面でのさわやか(に演出された)態度。どれもこれも、あまりにもリアル。男なら、この主人公の心理が手にとるようにわかり、思わず苦笑してしまうだろう。

そして、男の"タマ"が大ピンチに陥ったあとは、14歳と淫行を狙った、どう見ても悪いはずの彼に対して、きっと感情移入し、応援してしまうはず。

男の武器は、これまで幾多の女どもをだましてきた口だけ。手足の自由を失ったまま、この恐るべき14歳の馬鹿女をいかにして出し抜けばよいのか。

『ハード キャンディ』は、女をもっと利口な人物にして、徹底してサイコに演出すれば、いくらでも理不尽な恐怖を盛り上げることができたのだが、それをあえてしなかったところがよい。そのおかげで、人物と場面設定にリアリティが増した。

男と女、どっちが勝つかという勝負についても、映画の中で提示される表面上の結末と、劇中にばら撒かれたまま回収されない伏線の数々が示唆する本当の勝敗は大きく異なるので、注意深い観客にいろいろと考えさせる面白さもある。

終盤で、少々違和感が残る展開になるのが惜しいところだが、それにしてもこれは、スリラー、サスペンスとして抜群の面白さを誇る。とってももどかしくて、とっても憎たらしくて、そして股間が痛くなる一本。ぜひ映画館でお試しあれ。



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