『あんにょん・サヨナラ』60点(100点満点中)

誤った歴史認識はどちらなのだろうか?

テポドンをはじめとするミサイル数発が北朝鮮から発射され、いま、東アジアの緊張は極度に高まっている。日本と朝鮮半島が抱える諸問題を中心に扱うドキュメンタリーとして、偶然にも、そんなタイミングで公開される映画が『あんにょん・サヨナラ』。日韓の市民が、共同で作り上げた作品だ。

内容は、先の戦争で、父親を亡くした李熙子(=イ・ヒジャ)さんという朝鮮人女性を追う形で展開する。彼女は、父親が自分の知らぬ間に靖国神社に祀られている事実を知り、ショックを受ける。そして分祀を求めて活動をはじめる。

この映画は、日本が韓国、北朝鮮、中国との間に抱えている歴史問題のほとんどを網羅した、盛りだくさんの内容になっている。靖国問題はもちろん、従軍慰安婦問題、南京大虐殺、強制連行などなど、歴史問題のフルコースといった趣きである。

そしてそれらについて、リベラル文化人、保守論客らのインタビューを交えながら、イ・ヒジャさんが訪れる各地の映像や、協力者の日本人との交流の様子をカメラは追っていく。

この映画に推薦文を寄せた人の名を見てみると、野中広務(元衆議院議員)や井筒和幸(映画監督)、辻本清美(衆議院議員)、西野瑠美子(VAWW-NETジャパン共同代表)など、そうそうたるメンバーだ。彼らが、みな左翼的思想を持つ有名人ばかりである事からもわかるとおり、この映画は歴史問題について、朝鮮側、中国側の主張を擁護する立場の作品となっている。

前半は、イ・ヒジャさんをはじめとする朝鮮人たちが、戦争により、どれほど日本人からつらい目に合わされたか、日本軍がいかに残虐な無法者集団であり、「アジアの国々」に迷惑をかけたか、一つ一つ伝えてくる。

しかし、後半になると、彼女らが日本人の心有る人々(親中、親韓のリベラル市民活動家たち)からの協力を受けるうち、徐々に心のわだかまりがとけてきたと話すようになる。日本人がみな、「正しい歴史認識」を持ち、彼等のようになってくれたら、日韓の友好は深まるだろう、というのが結論だ。

この映画を見て、今話題の靖国参拝問題をはじめとする、東アジアの歴史問題を再び考え直してほしいというのが、監督をはじめとする製作陣の願いだという。そのための材料として、当時の生き残りの人々の証言や、右左両方の学者、研究者らの主張を両方とも取り上げ、記録したというわけだ。

しかしそれにしてはこの映画、公平性においては疑問が残る。たとえばイ・ヒジャさんは、父の墓石に、名前を刻んでいない。その理由は、靖国神社が霊璽簿(れいじぼ)に父の名を記載して、祀っているからだという。だから彼女は、霊璽簿から父の名を削除するよう、要求している。

しかし実際には、靖国神社は戦争被害者の遺骨や名前を独占するようなマネは一切していない。彼女が自分の父の墓石をまっさらなままにして、名前すら書いていないのは彼女の自分勝手な行動であり、決して靖国神社がそんなバカな事を強制しているわけではない。それをこの映画は、意図的に説明しないことで、誤解を招くよう誘導している。

また、日本政府首脳らの靖国参拝シーンには、何やら恐ろしげなメロディをかぶせ、政治家の参拝ショットの合間に、街宣右翼の不気味な黒塗りの車や、戦闘服姿をカットイン(ある場面の最中に、短い別のショットを挿入すること)したりしている。これも、観客をある思想へ誘導するための、意図的な演出と見てよい。

『あんにょん・サヨナラ』を見ていると、イ・ヒジャさん側の人々の意見に、あまりに説得力が薄いので悲しくなってくる。彼女らは、歴史について、とくに軍事や危機管理についての常識が決定的に欠如しており、地政学的な要因や当時の国際情勢というものを一切理解しようとしない。だから、その主張には論理性もないし、ただの感情的な非難のレベルを出ることがない。

しかもその意見の根拠としてこの映画は、南京大虐殺記念館のようなものを平気で持ち出してくる。この施設は、中国共産党による有名なプロパガンダ施設で、訪れる人々(特に外国のプレスや観光客)に、嘘の歴史を吹き込むことを目的に作られたもの。ここにイ・ヒジャさんを連れて行くと、そこに展示された日本軍の鬼のような所業、残酷画像の数々(ほとんど捏造品)を見て、彼女は信じきって泣き出してしまう。誰が連れて行ったか知らないが、罪なことをするものである。

そんなわけでこの映画、問題提起としてはあまりに偏っていて評価できないが、あくまで片方の意見を知るためならば、大いに見る価値があろう。歴史問題についてあまり詳しくない方は、誤った知識を信じてしまわないように、必ずよく勉強している方をつれて、出かけてみてほしいと思う。なお、もともとリベラルな、いわゆる自虐史観を信じている人にとっては、見るととても幸せになれる映画である。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.