『ゆれる』80点(100点満点中)

男同士の兄弟の内面を鋭くえぐる、スリリングなドラマ

映画業界にとって、一番の稼ぎ時である夏休みシーズン。内外の大作が居並ぶ中で、地味なドラマ映画ながら、屈指の傑作なのが『ゆれる』だ。まるで、ぽつんと紛れ込んだようなこの作品は、とくに派手な大作映画を敬遠するタイプの方には、真っ先に見てほしい一本だ。

女にモテ、カメラマンとしても成功し、東京で派手に暮らす弟(オダギリジョー)。家業のちっぽけなガソリンスタンドを継ぎ、女に縁がなく、老いた父と二人で暮らすさえない兄(香川照之)。この二人が久しぶりの法事に、故郷で再会するところから物語は始まる。

弟は、兄が面倒な実家のもろもろを背負い込んでくれたから、東京で好きなことをやっていられるのだと薄々気づいていながら、何でも許してくれる優しく面倒見のよい兄に、無意識に甘えている状態だ。この日もあろう事か、兄が思いを寄せている二人の幼馴染の女(真木よう子)を送った後、そのまま部屋で抱いてしまう。そしてその翌日、事件はおきる。3人でドライブに出かけた渓谷のつり橋で、幼馴染の女だけが墜落死してしまうのだ。

さて、これは事故か、殺人事件か。唯一の目撃者となった弟の記憶もゆれる。兄は彼女と自分の関係を知っていたのだろうか。自分はこれまで、あまりに兄について、知らなかったのではないか。疑惑や葛藤に悩む弟は、初めて真剣に兄と自分の関係に向き合いはじめる。

役者の演技力、監督の演出力ともに一級品だ。香川照之はもとより、特にオダギリジョーが過去最高の演技を見せている。監督はわずか30代前半の女性、西川美和だが、デビュー作『蛇イチゴ』でも見せたように、この人の人間観察力、描写力は本物。『ゆれる』は兄弟の人間関係と、弟の内面描写がすべてのような映画だが、二人とも女性が考えたキャラクターとは思えぬほどリアルで、男の私が見てもまったく違和感がない。

ストーリーは、監督が自分の夢からヒントを得て、この映画のために書き下ろしたオリジナル。原作ものと違い、無理して縮めたり伸ばしたりしない分、完成度は高い。黒澤明監督『羅生門』の昔からある、ひとつの出来事の解釈が二転三転するトリッキーなスタイルのサスペンスは、裁判シーンの出来のよさもあって、見ごたえ十分だ。

エンドロールにかかる曲も、タイアップのため作品と無関係なものが流れる商業優先映画と違い、話のテーマにぴったりとあったものが使われている。よいものを作るという、あたりまえの事をするために、隅々までこだわった様子がうかがえる。細部がしっかりとした映画は、見る側の満足度も違う。

最後の最後に弟が気づく新たな記憶。それによって、裁判中に唯一残ったある謎が明らかになる。そのとききっと、観客の目には暖かな涙が流れることだろう。ラストシーンの切り方も素晴らしい。西川美和監督は本当にセンスのいい監督だ。今後も目が離せない。

人間心理の奥深くに切り込んだ、スリリングなドラマ。興味ある方は、ぜひ見てほしい。お隣の映画館の大作映画より、ずっと満足できるかもしれませんぞ。



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