『ロシアン・ドールズ』40点(100点満点中)

主人公のその後を描く必要は無かった

物語にパート2を作るということは、前作の結末の意義を薄めるという一面がある。平たく言うと、ラストシーンがすばらしい映画にPart2というものを作ってしまうと、多くの場合それは"蛇足続編"になるという事だ。

『ロシアン・ドールズ』は、2002年のフランス/スペインの青春映画『スパニッシュ・アパートメント』の続編で、前作からほぼリアルタイム、5年後の登場人物の姿を描く。前作の最後で歩むべき道を悟った主人公(ロマン・デュリス)が、その後どうなったかというところから物語は始まる。スペインでの同居時代の仲間の結婚式におけるかつての友人たちとの再会、主人公自身の新しい恋の模索、仕事上の葛藤などが、前作同様みずみずしいタッチで描かれる。

将来の道が決まらない若者(といっても20台半ば)たちへ、希望にあふれる処方箋を出した前作とは打って変わり、今回は"本物の恋"はどう見つければ良いのか、にテーマの比重を置いている。

主人公は相変わらず恋が下手で、寝る相手には困らないが、30にもなっていまだ本物の愛とは無縁でいる。この映画の最重要ポイントとしては、このキャラクター設定に共感できる人に向いているという事。また、たとえ鑑賞者に現在"本物の恋人"がいたとしても、かつて恋愛において手ひどい失敗をした、何度もフり、フられた経験があるという人ならなんとかOKだろう。

『ロシアン・ドールズ』とは、その名の通りマトリョーシカ(幾重もの入れ子状になったロシアの人形)のこと。いくつもの人形=恋はすべて通過点であり、開けつづけていけばその最後に本物の恋が待っているというわけだ。この映画の言いたい事は、すべてこのタイトルに集約されている。前作同様、このコンセプトがあちらの若者の支持を得て、この映画は好評を博した。

もちろん、現実では、時間をかけて恋を吟味していけば、自分に合った人が現れるなどというのは、多くの場合幻想に過ぎない。特に女性の場合、年を取って自分というものが確立されていけば、相手の男性に求めるものがハッキリする分、間口はどうしても狭くなる。しかし逆に、自分の美貌には陰りが現れ、おまけにいい男は若い女に先物買いされるので、まわりには残りカスしかいなくなる。当然、理想的な男性との出会いのチャンスは年々加速度的に減少する。そして結局、妥協幅を際限なく大きくするほか無くなるのだ。

つまり、「たくさん恋をすることは良いこと」なんてのは耳にやさしいキレイ事で、信用していると痛い目にあう。現実は誰も言いたがらないが、若い人たちのためにあえて嫌われるのを覚悟で言っておくと「相手を変えてばかりいると、本物の恋から遠ざかる」事が多いのだ。よって男女とも、人生においてもっとも多くの独身異性から選択でき、かつ自分も相手も(互いに合わせて)柔軟に成長できる、学生〜社会人にかけた若い段階のうちに、生涯の伴侶を見つけるのが理想だと私は思っている。

ただし、不可逆的なこの事実を認めたくない人間の心理というものは常にある。その時期を過ぎたからといって、誰だって望みは捨てたくない。実際、可能性が低くなるだけで、生きている限り常にチャンスはあるのだ。よって、そうした希望を与えてくれる映画には価値がある。そして、そのあたりを『ロシアン・ドールズ』は非常にうまく取り込んでいる。前作もテーマは違えど、その魅力はまったく同じ性質のものであった。

そうした意味で、この映画はなかなか良くできているが、問題はあえて『スパニッシュ・アパートメント』の続編にする必要があったかというところだ。その裏には、欧州で前作がヒットした事と、前作のメンバー、たとえば『アメリ』でブレイクする前にキャスティングされたオドレイ・トトゥらが、その後破竹の勢いで大スターになったため、再集結させる事が商売的にも大きな魅力となったという事情が見え隠れする。オドレイなど、あえてこの続編に出す理由があったのかと思うほど、役柄上不自然な扱いである。

そして、最初に書いた通り、よけいな後日談を見せてしまったがために、前作の素晴らしいラストシーンの余韻が台無しになった。これが最大の問題である。「現実的ではないが、希望に溢れた物語」のままで、終わらせて欲しかったという思いは強い。主人公のその後など、見たくは無かった。なぜなら、それは「非情な現実」にほかならないのだから。

どうせ同じコンセプトの物を作るなら、全くのオリジナルストーリーでやるべきだったと、私は強く言いたい。なお、『ロシアン・ドールズ』を見る際には『スパニッシュ・アパートメント』の鑑賞は必須である。先に観ていないと、何がなにやらわからない。



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