『タイフーン/TYPHOON』70点(100点満点中)

予想を越えるスケール感

朝鮮半島は、1950年から巻き起こった朝鮮戦争により南北が分断され、今に至る。その結果、北朝鮮と韓国の間では、離散してしまった家族が多数発生した。その数700万以上ともいわれる彼らは、いまだ、国境をはさんで南北に分かれ、再会を果たせずにいる。

そんなわけで、南北分断の悲劇をテーマにした韓国映画は数多い。また、多くの人の関心を集めるテーマであるため、予算もつきやすく、大作も多い。北のスパイと南の捜査官の恋を描いたアクションドラマ『シュリ』が大ヒットした事により、このテーマの娯楽映画は、韓国映画界では、ヒットの方程式と認識されているのだ。

したがって、南北分断エンタテイメント悲劇であるこの『タイフーン/TYPHOON』も、韓国映画史上最大の製作費(……といっても15億円程度だが)をつぎ込んで作られた、ブロックバスターとなっている。

主演は韓国映画界の誇る大スター、チャン・ドンゴン。彼は今回、朝鮮半島に核テロを計画する海賊のリーダーを演じる。彼らはアメリカの輸送船から米軍の最新鋭ミサイル誘導装置を奪い、それを闇ルートで大量の核廃棄物と交換する。永続的に放射能を帯びたこの物質を、ある方法で朝鮮半島に撒き散らすというのが、彼の計画だ。いわゆるダーティーボムによるテロ、である。

この男を追うのがイ・ジョンジェ演じる海軍大尉。しかし、犯人の男が少年時代、ある脱北者家族の一員であり、韓国政府に裏切られたため脱北に失敗、生き別れた姉(イ・ミヨン)以外の家族を殺され、その姉もいまやロシア人相手の娼婦に身を落としているという悲しい生い立ちを持つことを知り、複雑な感情を抱くのだった。

映画は主人公チャン・ドンゴンのテロ計画の進行状況をアクションたっぷりで見せながら、それを阻止せんとするイ・ジョンジェとの間に芽生える奇妙な友情関係と、生き残った姉弟の固い絆に焦点をあてた人間ドラマになっている。

主要なこの3名は、万人向け娯楽映画らしく、とってもわかりやすい性格付けがなされている。中でも犯人の姉などは、韓流女性キャラの8割くらいが罹患していると思われる"不治の病"というやつで、残り少ない命で弟と再会を果たす場面で、観客の感動の涙を誘う仕組みになっている。……とはいっても、日本人には南北分断悲劇そのものに実感がないから、このあたりは韓国人専用の見せ場という感じも否めない。

ストーリーは、リアリティの面では少々疑問も残る。たとえば、米軍の最高レベルの軍事機密を輸送する船を、難民に偽装した海賊数名のいかだと一艘のモーターボートでいとも簡単に襲って成功してしまうあたりは、展開がちょいと荒っぽい。また、海上で難民のいかだをみつけた米船が、警告もなく突然掃射して(いたいけな難民を)ブチ殺してしまったときには、さすがに驚いた。中国や北朝鮮じゃあるまいし、いきなり銃撃とはひどい。アメリカ人は鬼か。

日米が結託して、韓国に内緒で、ひそかに地上核を配備しようとしていた、などという設定もムチャクチャな話。米国は、日本近海に核が必要ならまずは戦略原潜を展開すればすむ話で、よりにもよっていきなり日本に核配備とは、フィクションとしても非現実的に過ぎる。これが韓国民にスンナリ受け入れられているとしたら、ちょっと怖い。

ほかにも突っ込みどころは満載だが、一般人むけ娯楽作である本作に、あまりリアリティを求めても意味がないので、スルーする。

それより、この程度の予算規模で、これほどスケール感あふれる軍事ドラマを作り上げたのは凄い事だ。少なくとも『タイフーン』は、昨年日本で立て続けに公開された邦画軍事大作のどれよりも、見た目の迫力では上をゆく。確かに内容はトンデモだが、素人にはそれを感じさせないだけのゴマカシの上手さを持っているし、役者の演技も音楽も、こうした大スペクタクルにふさわしいだけのものがある。この点は高く評価したいところだ。CG技術はまだまだだが、米国映画の10分の1しか予算がない事を考えたらこれで十分。

大国のアメリカにたてついてまで自軍を出動させ、国民を守るなど、国軍マンセー度の高さはいつもどおりだが、決して米国やロシア、中国、日本といった周辺国、関係国を刺激することのない政治的に無難な内容は、海外公開を意識しているためだろう。

そんなわけで『タイフーン/TYPHOON』は、なかなか見ごたえのある軍事アクションドラマになっている。エンタ作だから、物語の深みとか、優れた人物描写などは望むべくもないが、そこそこ派手な画面と東洋人による対テロアクション劇を見たい人には、それなりの満足を与えてくれるだろう。



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