『SPIRIT スピリット』55点(100点満点中)

日本の観客に遠慮しているように見えるが、実はそうでもない

今週は、ジャッキー・チェン(『THE MYTH 神話』)とジェット・リーの新作が揃い踏みという、両クンフースターのファンにはこたえられない週となった。とくにこの『SPIRIT』は、主演のジェット・リーが「最後のマーシャル・アーツ映画」と語ったこともあり、彼の格闘アクションを見たい方にとっては、絶対にはずせない一本となっている。(この場合、マーシャル・アーツとは武術全般をさすと思われる)

武闘家の父をもつフォ・ユァンジアは、自ら修練をつみ、やがて武術の達人(ジェット・リー)へと成長する。あるとき彼は、自らの精神的未熟さから、戦った相手を殺してしまう事件を起こし、その結果として家族を失う。だが、その悲しみから大きく成長したフォは、世界初の異種格闘技大会に、単身挑むのだった。

フォ・ユァンジア(霍元甲)とは、20世紀初頭に実在した中国の武術家。つまり本作は、その伝記映画の形をとった武術映画だ。とはいえ、中身は史実とは大幅に異なるフィクション。なにしろこの伝説的人物は、過去に何度も映画化、小説化されており(たとえばブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』(71年)は、この人物の架空の弟子が主人公という設定だ)、それらの内容が中国人の間でもごちゃ混ぜになっている。『SPIRIT』が描く霍元甲の死に方や、その後日談も、実際とは大きく異なるという事を、まずはお知らせしておこう。

最大……というか、唯一の売りとなっているのが本格的な格闘シーン。天下一武道会よろしく、ジェット・リーが世界各国のつわものたちと、順番に戦う。『トロイ』で最初にブラッドピットと闘ってあっさり刺殺された長身マッチョ男、ネイサン・ジョーンズ演じる西洋のレスラーや、中村獅童演じる日本の武道家と、スピード感あふれる戦いを見せてくれる。

ちなみにネイサン・ジョーンズというのは、昔からよく映画に出ているプロレスラー。フレームが大きいから、筋量もかなりのものだろう。ストロンゲストマンコンテスト(欧州で人気の怪力競技会で、両手に各200kgの物体を持って徒競走をするなど、人間の常識を超えた競技ばかりだ)に出たこともある、本物の怪力男でもある。

2mを超える身長はスクリーンでも目立ちまくりで、身長の低いジェット・リーと、ほとんど冗談みたいな対戦を行う。どう考えてもジェットリーに勝ち目があるとは思えないのだが、スローモーションの演出でなんとかカッコをつけている。荒唐無稽なシークエンスではあるが、それなりに面白い。

中村獅童は、武士道を体現した誇り高い日本男児の役柄で、この映画でもっともオイシイ役といえる。ストーリー上では日本は悪者だが、この日本人キャラクターだけは立派な人間として、敬意をもって扱われている。これで日中どちらの観客にも堂々と見せられるというわけか。戦いと友情、そして相互理解。武侠というか少年ジャンプ的というか、いずれにせよわかりやすいお話だ。

アクション構成は『マトリックス』の振り付けをやった大御所、ユエン・ウーピンによるものなので、どの試合も十分な見ごたえがある。三節棍(3本の棒を連結した武器)と日本刀の戦いなど、ちょっとマニアック風味のアイデアも楽しい。先ほどのネイサンとの戦い同様、リアリティはないが、マンガチックな格闘ものとしてみれば、なかなかいける。

ストーリーは、昨今の中国映画の動向から判断すると、非常に興味深いものだ。大戦前の時代が舞台の映画ではあるが、これを現代に置き換えてみると、少々恐ろしいものがある。色々深読みができて面白いのだが、詳細はまた別の機会に。中国事情に詳しい方は、ぜひごらんあれ。

なお、日本公開版だけは、エンドロール時の主題歌が違っている。もとはこの映画のために書き下ろされたジェイ・チョウの楽曲だったが、何らかの事情により、「HIGH and MIGHTY COLOR」という、日本のバンドのものに差し替えとなった。うわさを聞いたファンたちは抗議運動を起こし、現在、一部では大変な騒ぎになっている。いまや、映画会社も宣伝会社もヘタなことはできない時代になった。これからは、彼らも変わらざるを得ないだろう。



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