『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章』70点(100点満点中)

多少の脳内補完が必要だが、感動できる

原作・武論尊、作画・原哲夫『北斗の拳』は、88年まで週刊少年ジャンプに連載された漫画だが、いまだにパチスロや各種パロディなどでひっきりなしに引用される名作である。週刊コミックバンチでは、オリジナルの前時代のお話にあたる『蒼天の拳』も連載されている。恐らく、一度も読んだことがない人でも、その名前くらいは知っていることだろう。

『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 殉愛の章』は、全5作の製作が予定されている『北斗の拳』再アニメ化プロジェクトの第1弾だ。"真"と名がついているが、これは原作やアニメ版では描ききれなかったエピソードに、スポットを当てるという意味もある。何しろこのアニメ映画版の脚本を担当しているのは、オリジナル連載を原哲夫らと作り上げた名編集者、堀江信彦なのだ。大いに期待が高まる。

ここで少々解説すると、コミック雑誌の連載とは、漫画家一人で作るものとは限らない。ストーリー漫画であろうとギャグマンガであろうと、その内容には多かれ少なかれ、たいてい編集者のアイデアや意見が反映されている。ジャンプであろうとマガジンであろうと、これは同じ。つまり、名作マンガの影に、真のストーリー作家がいる場合も珍しくないということだ。

さてその堀江氏による映画版ストーリーは、時代的には漫画版のいわゆるサウザー編あたりまでに相当する。主人公は、経絡秘孔を突く事で人体を内部から破裂させるなど、甚大な被害を与える北斗神拳の正当なる継承者ケンシロウ(声:阿部寛)。この1作目は、ケンシロウの兄で、拳王を名乗り、混乱した時代の覇者を目指すラオウ(声:宇梶剛士)に焦点をあて、彼とその美しき親衛隊長レイナ(声:柴咲コウ)の関係や、次兄トキとの進むべき道の違いをドラマティックに描く。

はて、柴咲コウが声を当てるレイナなる美人、原作にいたかなぁと思っていたところ、どうやらこれは新キャラクターらしい。ケンシロウとラオウとくれば、ヒロインは普通ユリアであるが、それはPart2(とPart4のみOVAで発売予定)に登場すると思われる。

この1作目の見所は、南斗六聖拳「将星」のサウザーとラオウの前で、幼きケンシロウが南斗六聖拳「仁星」のシュウと戦う場面。そして成長後にシュウと再会し、ともにサウザーに立ち向かう場面。そしてサウザーとシュウの、あまりにドラマティックな最期、といったところだ。タイトルによると、ラオウが主人公のはずではあるのだが、彼はまださほど活躍はしない。

「聖帝十字陵」でのサウザーとの戦い、シュウが執念で聖碑を運ぶシーンなど、泣きどころは明確だ。しかし、サウザーの過去を一切描いていないため、原作を読んでいないと感動は半減する。……というより、この映画を原作抜きで見るのはちょっとつらい。わからないことはないだろうが、せっかくの魅力的なキャラクターの生い立ち等がバッサリ省略されているので、十分楽しめないだろう。たとえば、ケンシロウがサウザーにトキの技「有情拳」を使った理由が、原作未読者にはおそらくわからない。サウザーは魅力的な悪役なのだが、映画版ではほとんどその理由が描かれない。

数多くの名場面や名台詞の一部も、ちょこちょこと出てくる。おなじみの「おまえはもう、死んでいる」や、火炎放射器を放射しながら「汚物は消毒だー」と叫ぶモヒカン男、といったマニアックなキャラクターまで、詳しい方ほど楽しめる仕掛けがいくつか見られた。

個人的に熱くなったのは、旧版の歌(クリスタルキング)と共にケンシロウが復活するシーン。ここは盛り上がった。そこまでのウジウジした流れを一気にぶち壊すくらい、カッコ良かった。お楽しみに。

ところで、『北斗の拳』のテレビアニメ版は、当時PTA等から猛烈な反発を受けていた。その理由の最大のものは、北斗神拳で秘孔をつかれた敵が、破裂する描写の残酷性についてだ。ふくれあがった顔面が、破裂寸前で黒く塗られ、シルエットのみで爆発を描いていたが、これはかなりのインパクトがあるものだった。爆死シーンまでモロに描いていた原作を、どう動画で表現するか興味津々だった私は、そのアイデアに感心したものだ。迫力を失わずに、残酷性をずいぶん薄れさせたものだと感じていたから、なぜ大人たちが怒るのか、当時はよくわからなかった。

さて、今回のアニメ映画版では、血しぶきをあえてのっぺりとしたベタ塗りの赤で表現することで、残酷性を抑えている。また、興味深い点は、「あべし!」とか「ひでぶ!」といった、有名な「最期のヒトコト」に、ほとんどギャグめいた要素がない点。もちろん、上記の有名断末魔も出てこない。つまり『真救世主伝説 北斗の拳』は、徹底してシリアス一本でやる、というわけだ。

次に声優について。私は、連載前のパイロット版を含め、少年ジャンプでこの作品をすべてリアルタイムで読んでいた世代で、アニメももちろん第一回から毎週見た。その感覚からすると、阿部寛のケンシロウはかなり良い。イメージにぴったりだ。

そもそも、テレビアニメ版の声優が発表されたとき、私(と周辺の友人たち)は一様にがっかりしたものだ。というのも、ケンシロウを神谷明が演じていたからである。もちろん神谷明は超一流の声優で、その技量に不満をいうつもりはないが、当時の私たちにとって、彼はキン肉スグルだったのである。カッコ良かったケンシロウを、牛丼一筋300年の人が演じているのは、いつまで見ていても違和感が残った(注:「シティハンター」も同様であった……)。当時、今の阿部寛がいたら、きっと私はそっちにやってほしいと願った事だろう。それくらいこの声はぴったり合う。

柴咲コウのレイナに関しては、何もいうことはない。元々オリジナルキャラクターだから違和感はないし、演技も本業がタレントさんであればこんなものだろう。

問題はラオウである。これを宇梶剛士が演じるのは相当厳しい。素敵な声質だとは思うが、残念ながらこの声はラオウのそれではない。演技力うんぬんの前に、声質が合っていない。今後作られる5作ともこの声となると、脳内変換がかなりキツそうだ。

いかにもCGっぽいアニメーションは少々チープではあるが、バトルシーンの迫力は現代のアニメだけあって大したもので、あの名場面がよみがえる。ファンであれば、必見……とまではいわないが、見ておいても良いかな、くらいの出来ではあるだろう。



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