『力道山』60点(100点満点中)

橋本真也、最後のファイトに号泣

プロレスラー力道山は、戦後の日本人にとってヒーローだった。彼は、アメリカ人レスラーを小さな体でなぎ倒し、街頭テレビで応援する日本人の観客に敗戦気分を忘れさせてくれた。彼が設立した団体、日本プロレスは、やがてアントニオ猪木の新日本プロレスとジャイアント馬場の全日本プロレスに分かれ、今もその戦いのDNAは受け継がれている。

そんな表の姿とは裏腹に、彼には様々な裏の顔があった。日本プロレスの役員の顔ぶれをみれば、昭和を代表する、名だたる裏社会の重鎮たちが顔をそろえているし、彼自身じつは朝鮮国籍をもつ朝鮮人であった。本作は、韓国映画界が渾身の力で送り出す、彼の伝記映画である。

映画は、国籍差別を受けていた力士時代から栄光のプロレスラー時代、そして有名な悲劇的最期まで、順に描いていく。力道山を演じるのは韓国俳優ソル・ギョング。『オアシス』で脳性麻痺のヒロインを愛する主人公を演じた本物の演技派だ。

力道山が生涯愛した日本人女性には中谷美紀、彼をバックアップする裏社会の顔役には藤竜也と、ソル・ギョング以外はほぼ日本人キャストが固める。よってソル・ギョングはすべて日本語でセリフを話す。決して発音は完璧ではないが、魂のこもったセリフだった。これはバカにしてはいけない。

また、彼は体重を20kgも増やし、プロレスも学び、試合シーンも自ら演じた。相手役となるのはパンクラスの船木誠勝や全日本プロレスの武藤敬司など、そうそうたる一流プロレスラーたち。これは大変大きな見所で、さすがに現役である武藤相手だと圧倒的に動きも体型も見劣りがするが、引退して相当スリムになった船木あたりには決してひけをとらず、見事な試合を演じていた。

このように、主演のソル・ギョングに関しては、文句のつけようがない。プロレスに対して真剣に取り組んだことが良くわかるし、役作りもしっかりとしている。日本語のセリフに挑戦したことも高く評価したい。

物語は、史実に忠実というよりは、日本で成功した朝鮮人のヒーロー話、という感じだ。いくつかの書物で伝えられている、力道山のダークサイド(六本木界隈の暴力団との関係)についてはあまり突っ込んで描かれず、手ひどい差別に負けずにがんばる好青年といった感じになっている。あくまで"自国の英雄"として、韓国映画が作るわけだから、これは仕方がないところか。

それより、この映画には日本人プロレスファンにとって、絶対に見逃せない見せ場がある。なんとこの作品には、脳幹出血で急逝したあの"破壊王"橋本真也が出演しており、クライマックスの試合場面等に登場するのだ。

そこそこ長いこの場面で、彼は新日本プロレスのストロングスタイルを思わせる黒いパンツ姿でリングに上がり、力道山と共に存分にプロレスを見せてくれる。優しげな笑顔や、命を削って繰り出す技の一つ一つを見ていると、とてもじゃないが、涙をこらえることができない。橋本真也最後の戦いは、映画『力道山』の中にあった。

プロレス場面は総じてよく出来ており、見ごたえたっぷり。橋本最後のプロレスを見るためだけでも、映画館に行く価値がある一本といえるだろう。彼の出演場面とソル・ギョングの真摯な演技に、私はこの点数をさしあげたい。

しかし、彼の遺作となった本作に、「橋本真也に捧ぐ」の一言もないのはなぜだろう。ともすると、翻訳されていないだけで、エンドロールのハングルのどこかにあったのかもしれないが、無いとしたらどうにも解せない。

『力道山』は日本のプロレス界を舞台にしたドラマであり、製作者の韓国人たちが日本のプロレスを少しでも尊敬しているならば、そうしたメッセージを載せないわけはない。なにしろ橋本真也は、力道山にスカウトされた猪木が設立した新日本プロレスの元エースであり、かつ、日本を代表するプロレスラーなのだ。

韓国での公開が橋本が亡くなる前だったとはいえ、その後日本公開のため、わざわざ12分間の未公開シーンを付け足す作業などを行ったのだから、当然その際に付け加えることも出来ただろう。自国の英雄ばかりを褒め称えるのではなく、朝鮮人だった力道山の功績を認めている日本のプロレスファンに対する敬意も、少しは払っていただきたい。



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