『県庁の星』70点(100点満点中)

誰でも楽しめる、堅実なつくりのロマンティックコメディ

『県庁の星』は、関係会社からは最大級の期待をかけられている一本だ。何しろ、日本映画界最大の集客力を持つとされる織田裕二と、ファッションリーダー柴咲コウのロマコメという、売れセンど真ん中の作品なのだから。

主人公は、出世意欲満々の、とある県庁のエリート公務員(織田)。大手建設会社の社長令嬢と婚約し、担当した数百億円単位のビッグプロジェクトの成功も目前と、その未来は前途洋々だ。そんなある日、彼は民間交流の一環として、あるスーパーに派遣される。そこは、賞味期限切れ近い食材で惣菜を作り、バックヤードの整理もままならない、3流店だった。お役所のルールがまったく通じない民間ならではの現場にあきれた彼は、教育係として自分の担当になったパート職員(柴咲)との対立も深めていく。

読んでおわかりのとおり、エリート勝ち組オトコと負け組ビンボー女の恋という、ロマコメの王道だ。エリートというわりには、県庁レベルという中途半端な設定が微妙ではあるが、かといって国政レベルの官僚にしてしまうと、さすがにパートの女の子との接点はなくなってしまうだろうから、これはやむを得まい。

2枚の金看板による恋愛要素に加え、「エリート公務員が庶民の女に出会って、人間味を取り戻す」という構成には、「踊る大捜査線」シリーズでウケた、「庶民賛歌」的なテーマを盛り込んである。このあたり、いやらしいほど"売れる商品"としての正義に満ちた一本である。

さらに、クレーン撮影を多用したダイナミックな絵作り、TV番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』の挿入曲でおなじみの作曲家、松谷卓による感動的な旋律の音楽など、けれん味たっぷりの演出もさすがだ。こういうわかりやすさは、絶対に一般人にはウケる。映画マニアは苦い顔をしそうだが、コンセプトとしては正しい。私としても、同じ時期公開の庶民ガンバレ映画なら、東映の『燃ゆるとき』のバカ正直さの方が好きではあるが、商売上、勝つのは間違いなくコチラだろう。

この作品には、公務員の世界やスーパーの世界を掘り下げて、リアルに描くというお楽しみはない。人物にもリアリティはない。織田裕二の役に関しては、私生活を一切描写していないし、柴咲コウも、ツヤツヤと輝くとロングストレートの髪など、どう見ても疲れたパート職員には見えない。いわゆるトレンディドラマの世界だ。

しかしこの二人、スクリーンの中では圧倒的な存在感を示しているのである。特に織田裕二、彼は、どの映画においても、全然刑事にも公務員にも見えないのであるが、彼のすばらしいところは、自分の役作りを一片も疑っていないことだ。彼はおそらく、100%自分の役作りの正しさを信じており、まったく疑いなく、自分の作り上げたキャラクターを堂々と観客に見せる。彼の演技は、どんな些細なしぐさ一つとっても、まるで100万人の観客の目を意識しているようにみえる。

この圧倒的な自信こそがまさにプロ中のプロ、なのである。私は織田も柴咲も別段好きではないが、それでもこの二人の魅力には、いつも強く引き込まれる。二人とも、まさしく映画俳優の雰囲気を持った、本物のスターだ。

ストーリーは、少々薄っぺらく、浅い内容のものではあるが、決してつまらなくはない。十分にワクワクさせて、たくさん笑わせてくれて、ちょっぴり感動もさせてくれる。とくにラストシーンには、なかなか気持ちのいいものがある。途中、「踊る〜」のように暴走しかけたが、やりすぎないこのラストで、うまくバランスをとった。

『県庁の星』は、デートムービーとして、ほぼ完璧な一本だ。面白いし、見終わった後のさわやかな気分は、ほかではそう簡単に得られるものではない。こういう気軽に楽しめる映画の登場は、私としても大歓迎である。この映画は、映画など普段見ない人にもやさしい、誰でも楽しめるという、まさにこのサイトのオススメの趣旨に合致した作品だ。大満足とまではいくまいが、決して損はさせない、そういう一本である。



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