『大停電の夜に』60点(100点満点中)

傑作になる可能性が感じられただけに、詰めの甘さが惜しい

日本という国は、世界でもっとも停電が起こらない国のひとつであろう。それは電力関連会社および、保守担当の人たちの仕事のクォリティの高さによるものと見て間違いはない。

しかしそんな日本で、しかも首都東京で、復旧のめどの立たない大規模な停電がおきたらどうなるか? そしてそれがクリスマスイブの夜に起こったら? ロウソクの明かりに薄暗く照らされた町の中で、人々はどんな思いで過ごすのだろう。

そんな設定を、ロマンティックな群像劇に仕立てたのが『大停電の夜に』。132分間の長尺の中で、12人の登場人物の"ちょっといい話"が繰り広げられる。

まあ、実際に停電が起こっても、都会の人々はパニックになどなるまい。暴動や略奪もまず起こるまい。むしろ都市機能の一時的な喪失のおかげで、忙しい日々の業務から開放された人々は、人間らしいのんびりとした時間の価値に気づくのではないか。そして、大切な人と過ごす当たり前の幸せの大切さを、再確認するのではないか。それがこの映画の語るテーマである。

12人の中には、イブの晩なのに不倫相手に呼び出された男、服役中に愛する女性を寝取られた元ヤクザ、ビルの屋上にたたずむ少女、それを偶然見つける天体マニアの少年、今夜を限りに閉店を決意したバーのマスターといった、年齢も立場もちがう、様々なキャラクターがいる。

彼らの運命は、停電を契機にちょっぴり輝く。それぞれの物語は、ときにかかわり合ったり関わらなかったり。クリスマス・イブらしい、ちょっとした奇跡が起こったりもする。たくさんのストーリーが一気に収束するラストで、感動が波のように押し寄せる……ことを狙った構成になっている。

ただ、それにしてはメインの豊川悦司のパートがどうも盛り上がらない。話の筋じたいは悪くないが、オチにいたる演出がよくない。彼の行動が妙に不自然で芝居じみているし、絵的にもよくない。

香椎由宇のストーリーも、決して筋は悪くないのだが、この物語全体における位置付けがはっきりせず、無くてもよかったのではないかという気がする。その他の人々のエピソードも、それぞれは良いのだが、それ以上のものがない。また、各エピソードとも結末が弱い。この点を克服し、さらに各エピソード群同士を織り上げ、相乗的に感動が高まる工夫を脚本に加えていたら、相当な映画になっていたことだろう。

映像は全体的にとてもきれい。豊川のバーをはじめ、室内のセットもいい雰囲気を出している。ただし、町並みにクリスマス感は感じられず、室内のできの良さに比べると見劣りがする。世界に奥行きが感じられない。冬っぽさすらない。もう少し、停電を経験した東京の人々(一般人)の反応を入れたら良かったのに。この映画の世界には、12人のメイン登場人物以外に人間がいないんじゃないかと思うほど、こじんまりとしてしまっている。これは、この物語の壮大なムードからするとマイナスだ。ただし、これらは致命的なほどのものではない。

結論として『大停電の夜に』は、大化けする可能性はあったが、脚本の練りこみ不足で失速してしまった残念な一本である。それでもデート映画としては平均以上だから、都会的かつファンタジックな「ちょっといい話」を楽しみたい方は、恋人を誘ってぜひお出かけあれ。きっと、まあまあの満足を与えてくれることは間違い無い。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.