『この胸いっぱいの愛を』60点(100点満点中)
映画にうるさくない女性たちにすすめたい
『黄泉がえり』の塩田明彦監督が、同じく梶尾真治原作の『クロノス・ジョウンターの伝説』の中の『鈴谷樹里の軌跡』をもとに長編映画にしたもの。伊藤英明、ミムラ、宮藤官九郎らが出演。
2006年、主人公の会社員(伊藤英明)は、ふるさとの北九州、門司を訪れる。かつて暮らしていた場所をふと訪れると、不思議なことにそこには20年前の少年時代の自分がいた。どうやら東京からここまで来る航空機ごと、タイムスリップしてしまったらしい。彼は、事情を知るためその便の同乗者にコンタクトを取るとともに、忘れられない思い出の人"和美姉ちゃん"(ミムラ)を探しにいく。難病で若くしてこの世を去った彼女を、もしかしたら救えるのではないかと彼は考えていたのだ。
一言でいえば、お涙頂戴ファンタジードラマである。『黄泉がえり』の大ヒットに味を占めたえらい人たちが、ある種のマーケティング戦略の元に企画した類似映画といって良いだろう。ただ、二番、三番煎じだけあってタイトルも中身も少々甘いのは否めない。ただし、あまり映画にうるさくない、素人のお客さんを泣かせるには十分だ。
メインの登場人物を4人(航空機の客3人と、そのうち一人の幼馴染女一人)に絞ったのもいい。なんといっても、あまりごちゃごちゃしてたら、ついてこれないお客さんが増えてしまう。
『この胸いっぱいの愛を』は3人のタイプの違う男たちのドラマになっていて、どれもかなり薄っぺらくはあるのだが、飽きずにそこそこ興味深く見ることができる。役者もハンサムだし、ミムラの直毛ぶりもすごい。バックに流れる音楽もいい。舞台設定も大変よろしい。私は門司には、一度しかいったことがないが、そのとき感じたこの町の魅力というものが、映画ではよく表現されていたと思う。あそこはすばらしい景色とムードをもった場所である。
物語は、終わってみれば少々ドラマチックさに欠けるきらいはあるものの、前半のテンポが非常に良く、ひきつけられる。過去に取り残された主人公が、不安にかられ、とにかく航空機に同乗した人間を探すミステリ要素がとても楽しい。途中のどんでん返しには驚いたが、それを言ったら東宝の人は意外そうな顔であった。これは単に、私にこの手の展開に対する心の準備がなかった、いうのが原因かもしれない。
後半になると、私の目からするとかなり恥ずかしい場面が増えてくる。しかしまあ、それでもいいかと思う。泣く準備をしている人にとっては、これくらいの演出のわざとらしさも苦にはなるまい。
ひとつだけ皆さんにもう一度アドバイスしておきたいのは、この映画はあくまで「多くを求めない人、初心者向き」ということだ。ルーティンワークの繰り返しである日常に何か刺激がほしい、そんな愛すべき健全な専業主婦の奥さんたちが、平日の昼間に久々にお出かけして見て、夕食時に旦那さんに楽しそうにこの映画の事を話す。そんな楽しみ方をするためには、こういう作品も悪くない。