『タッチ』60点(100点満点中)

演出がダメすぎだが、役者たちはよくがんばった

あまりにも有名なあだち充の青春コミックをはじめて実写映画化したもの。主演は東宝のイチオシ若手映画女優長澤まさみ、共演は斉藤祥太・慶太の双子兄弟。

双子の兄弟、上杉達也と和也、そして隣にすむ幼馴染の浅倉南(長澤まさみ)、3人は生まれたときから仲良しで、いつも一緒だった。やがて彼らは同じ高校に進み、スポーツ万能の弟和也は、南を甲子園に連れて行くという約束を果たすため、野球部のエースとして活躍していた。そして期待された地区予選の決勝戦、なぜか和也が試合会場に現れぬまま、試合は進んでいった。

単刀直入にいおう。映画『タッチ』は演出が悪い。映画に多少なりとも詳しく、原作に思い入れのある観客がみたら、目を覆わんばかりのなさけない出来である。いや、人によっては腹が立つことさえあるだろう。大ヒットコミックを映画化したという点で共通する先週の『NANA』の場合は、スタッフや監督が原作を心から尊敬し、尊重したつくりになっていたことが見ていてよくわかったが、『タッチ』はその逆である。原作の面白さ、魅力を十分に理解していない監督とスタッフが、流行にこびてチョチョイと作った“お手軽映画”である。

映画『タッチ』を見ていると、「ああこの脚本を書いた人(もしくは監督)は、タッチの見せ場がどこかわかっていないんだなぁ」と強く感じる。たとえば最初の地区予選の決勝戦がそれにあたる。ここは、なかなか球場に現れないエースのカッちゃんを皆が心配し、不安に思いながらも部員たちが必死に持ちこたえるという悲壮感あふれる名場面のひとつであるが、映画はこのシークエンスをあまりにもサラリと流しすぎている。

なぜ和也がこれないかといえば、それはつまりああいう理由があるわけだが、ここはアニメ版ではクラシックの名曲がバックに流れる名演出で、「懐かしのアニメ名場面」的なテレビ番組の企画では必ずといっていいほど取り上げられる名シーンである。そこをどうしてこんなに軽く流せるのか。

また、この映画のスタッフはあまり野球に詳しくないようだ(この映画は野球映画なのに!)。たとえば別の試合だが、9回表ランナー2塁3塁でバッター新田(宿命のライバルでものすごい強打者)という場面がある。あと一人抑えれば勝ち、というところだ。ここでピッチャーの達也は、敬遠せずになんと勝負に行く。しかも、セットポジションからではなくワインドアップモーションで投球し、バッター新田との真っ向勝負に出るのである。

これは野球をやるものなら誰もがわかる、場面設定一つ一つに重要な意味がある非常に感動的な場面である。しかし、どうもこの映画の作り手たちは、そうした点を理解して演出しているのかどうか疑問だ。もし理解しているのならば、上記のようなプレイをあえて行った彼らの意図を、野球を知らぬものにもわかるように説明すべきであった。でなければ、この場面のよさが野球オンチの人に伝わらない。

また、この映画は夏の甲子園を舞台にしているというのに、マウンドの投手が汗ひとつかいていない。光の演出もダメで、真夏のイメージが画面にまったく出せていない(撮影時期は春先)。この映画で双子を演じた役者たちは野球経験者だというが、なぜ監督は彼らに一言きかなかったのか。真夏の野球場のマウンドは40度を軽く超えるほどの灼熱地獄である。滝のような汗と日焼けした肌は演出として必須ではないか。これでは、多少なりとも野球を知っている観客は苦笑するほかない。

ただし、そんな映画『タッチ』でも、役者はとてもよかった。スタッフにはもっとマジメにやれと厳しく言いたいところだが、ヒロインを演じた長澤も、主人公の達也を演じた斉藤祥太、そしてその弟役の斉藤慶太もよく健闘した。とくに、和也を演じた斉藤慶太は投球フォームも美しく、キャラ作りも成功していた。巷ではこの双子の評価が著しく低いが、そんなことはない。演出がダメなだけで彼らはよくやっていた。

長澤は、本来主人公ではない役だが、東宝の大事なお姫様だから当然主役扱いだ。実際彼女はすばらしい雰囲気をもった女優で、若いのにそのインパクトはかなり強い。映画の主役とは、演技力より雰囲気こそが大事だと私は思っているので、彼女については高く評価している。笑顔もかわいいし、スラリとした長身はスクリーンにはえる。また、原田役など主だった脇役陣もイメージを大きく崩すものはなく、おおむねキャスティングは正解だったといえよう。

物語は、先に言ったとおりテンポが早く、淡々と描きすぎのきらいはあるが、まあ青春映画としてはまあまあといったところ。一番盛り上がるのは、恐らくアニメ版のカバー主題歌が一度だけかかるあの場面であろう。本当は岩崎良美のオリジナルをかけた方がずっといいと思うが……。

結論として、映画『タッチ』は失敗ではないものの、改善の余地は多いにある作品といえる。ただし、若いキャストのがんばりに敬意を表してこの点数としておきたい。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.