『電車男』75点(100点満点中)

インチキな偽善的純愛モノよりずっといい

初恋の悩みを2ちゃんねるに相談した、あるオタクの実話(掲示板の書き込みなので信憑性は100%ではなかろうが)を映画化したもの。

主人公は22歳の同人オタク(山田孝之)。彼は今日もアキバ(秋葉原)のフィギュアショップなどを覗いた後、私鉄で帰路につこうとしていた。そのとき目の前で中谷美紀似のお嬢様(中谷美紀)が酔っ払いに絡まれ、彼は思いもかけず彼女を助けてしまう。後日お礼にエルメスのティーセットが届いたことから、彼は自分の高まる恋心を匿名掲示板「2ちゃんねる」に相談するのだった。

さて、普段は罵詈雑言の嵐を浴びせる2ちゃんねるの名無しさんたちであるが、あまりに切実かつ純情な主人公の様子に、やがてマジレスが飛び交うようになる。ハンドルネーム「電車男」を名乗る主人公は、そんな彼らからのアドバイスを元に、助けた彼女(エルメスと命名)にアタックするというラブストーリーだ。

この話の面白いところは、まず電車男というキャラクターのもつリアリティだ。彼のようなオクテなオタク男性は、世の中にたくさんいる。きっと2ちゃんねるの該当スレッドにもたくさんいたのだろう。そして、彼のような男性が、エルメスといういわば「別世界の住人」に好かれるために四苦八苦するというギャップ、困難性こそが、掲示板の住民を本気にさせたと見ることができる。

そしてもうひとつは、電車男の友人が一人も登場せず、最後まで彼はネット上の顔も知らぬ人間たちに助けを求めつづけるという部分だ。いい年して童貞で、デートの誘い方すらわからない彼も、それがみっともない事だということは理解しており、だから相談できる相手は見知らぬ人しかいない。この現代において22歳で童貞(そしてオタク趣味)という事がいかに男にとって情けないことであるか、電車男もレスする側にも共通認識としてあるわけだが、誰も疑わないその事実こそ、今の時代性を如実に表しているともいえるのだ。

さて、主演二人のキャスティングについてだが、まず山田孝之は100点といっても良いほどの好演だ。ネットの助言により外見がオシャレに変わっても、態度はまるっきりオタク少年のまま。見ているものに嫌悪感を与えぬギリギリの役作り、そして何度もクスっとさせるコミカルな演技の数々には脱帽である。

ヒロインの中谷美紀は彼より7歳も年上で、少々年齢的に厳しいかなという印象だったが、何しろ当の2ちゃんねるに「エルメスは中谷美紀似」という電車男ご本人の書き込みがあるんだから仕方ない。最初はちょっと違和感があったが、最後まで見れば「うん、これでいいや」と思える。なんといっても、告白に対する有名な返答場面が、この上なくかわいらしい。この場面ではいわゆる2ちゃんねる用語でいう「祭り」を見事にCGを使って映像化しており、そのアイデアと演出には、私も大いに感心した。

映像化といえば、本作は掲示板の書き込みを映画化した初の日本映画であるが、実際に全書き込みを読んだ私の目から見ても、実によく整理し、構成したと感じられる。たとえば映画版では、書き込み者を数名の実体あるキャラクターとして簡略化しており(ヒマな主婦や、能天気なオタク3人組、引きこもりの少年など)、彼らを魅力的かつ人間的な存在として描くことによって、「見知らぬ人間からの助言を真に受ける電車男」という特異な構図を違和感無く再現している。

この物語の大前提である、「同人オタクの電車男が、はたしてエルメスのようなオシャレなお嬢様と仲良くなれるのか」という問いに対しては、自信を持って私は「Yes」と答える。恐らく全女性中、6割くらいはこういう男性を拒否するかもしれないが、世の中不思議なもので、たいていの人間には適した相手というものが存在する。

ぶっちゃけてしまえば、このエルメスもちょいと変人であることには変わりが無いのだが、やはり二人は出会うべくして出会ったわけで、私はこれほどリアリティある恋愛物語も無いと思う。近年やたらと流行している「セカチュー」だの「韓流」だのといった偽善的純愛ドラマのインチキさとくらべ、「電車男」のもつリアリティ、存在感のいかに強烈なことか。これこそが本物の恋であり、電車男が悩む姿こそ、世の中にありふれた真実のドラマである。

……とはいうものの、この映画はオタクの人にとってはかなり「イタイ」映画であることには違いはない。一般社会から彼らがどう見られているかを表現したシーンなど、普通に見れば笑う場面だろうが、当人たちにとってはキツいであろう。

また、2ちゃんねるならではのAA(顔文字の類)、専門用語も画面に飛び交うので、多少の解説が必要になるかもしれない。そういった予備知識のない、生粋の「エルメス側」の人がみたら、恐らくさっぱり理解できない世界のはずである。要注意だ。



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